ヒンドゥー教にはインドラという神がいます。
インドラは雷と戦いの神であり、多くの神々がいるヒンドゥー教のなかでも知名度と力を持った神の一人です。
古い起源を持った有力な神であるインドラは、ヒンドゥー教以外にも、仏教やゾロアスター教などに影響を残しています。
今回は、そんなインドラについて解説していきます。
目次
インドラはヒンドゥー教成立以前から存在する英雄神
インドラは古代メソポタミアでも崇拝
インドラ信仰の始まりは古く、じつはヒンドゥー教よりも以前から存在しています。
前1200年のカタストロフでも有名なヒッタイトと、ミタンニのあいだで紀元前14世紀に交わされた条約にも、ミトラ、ヴァルナといった神々と共に名前が登場しているのです。
太古のインドラには、いくつかの性質がヒンドゥー教でのそれよりも英雄的に強調されています。
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インドラは神々の中心にいた英雄神
最高神にして太陽神であるミトラと並ぶインドラは、神々たちのなかでも英雄として別格の存在です。
「神々たちの王」とも言われ、神話群の中心人物になります。
雷の神として、雷を使い雲を晴らし、大地を穿ち、世界の開闢にも関与していたと考えられているのです。
インドラはバラモン教においても位の高い神
ヒンドゥー教の前身であるバラモン教でも、インドラは最も多くの賛歌を与えられた神という立場を得ています。
理想的な戦士、軍神として強調されており、英雄的な神として、神々の王という立場で描かれているのです。
インドラの父母にまつわる記述や、武器であるヴァジュラについての詳細な由来が記されています。
初期のバラモン教においては、インドラは神々の中心だったのです。
しかし、ヒンドゥー教の主神たちの登場により、インドラの立場や役割は、ゆっくりと重要性を奪われていきます。
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ヒンドゥー教における雷の神インドラ
インドラのヒンドゥー教におけるポジション
インドラは雷の神であり、悪と戦う軍神であることには変わりはありませんでしたが、ヒンドゥー教にはインドラの役割を奪ってしまう神々が存在しています。
三人の最高神のうち、維持神ヴィシュヌと破壊神シヴァです。
世界を維持し保護する役割を持つヴィシュヌは、十人の化身(アヴァターラ/アバター)を用いて、インドラに代わり世の中に生まれた多くの悪を排除していきます。
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破壊神シヴァは戦いに特化した軍神的な側面を有していたため、インドラの持つ荒ぶる破壊の性質を薄めてしまったのです。
さらには神々の軍勢の指揮権なども、シヴァの子供に譲り渡すという形となり、インドラの威厳は奪われていきます。
インドラはヒンドゥー教よりも古い時代と比べて、神々の中心であることはなくなってしまったのです。
インドラはヒンドゥー教では世界の守護神
かつてほどではないにせよ、インドラは重要な神としてヒンドゥー教のなかでも扱われています。
「世界の守護者」を意味するローカパーラという地位に収まり、インドラは自分の兄弟神ともされるアグニと共に、世界を守護する神として祀られることになったのです。
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インドラはヒンドゥー教ではその性質が変わる
雷と戦いの神であったインドラは、ヒンドゥー教では違う側面が追加されていきます。
好色な神としての側面です。
多くの女性と関係を持ち、不倫もするようになり、男色に耽るようにもなります。
また両性具有とされていて、インドラは猿神ヴリシャーカピの「妻」ともされることがあるのです。
インドラはヒンドゥー教では噛ませ犬
インドラはヒンドゥー教の神話では敗北することが増えてしまいます。
維持神ヴィシュヌの力を借りて勝利するという形や、ヴィシュヌの化身が倒すことになる魔王ラーヴァナに敗北することになるのです。
または他の神々といっしょに敵対するアスラ神族に敗北した後に、破壊神シヴァの妻であるパールヴァティーの化身ともされる、戦いの女神ドゥルガーによってアスラ親族を倒してもらうことになります。
インドラは偉大な力を持つ神ですが、そのため、ヒンドゥー教の最高神たちが活躍するための噛ませ犬という形を見せるようになったのです。
そうであったとしても、インドラは世界の守護者の一員であり、強大な力を持った雷の神であることには変わりはなく、インドラへの信仰は続いていきます。
インドラは仏教においては帝釈天
インドラは仏教においても重要な守護神・帝釈天
ヒンドゥー教と同じく、インドで成立した仏教にもインドラは影響を与えています。
インドラは仏教においては帝釈天とされる、仏教の守護神の一人として信仰されている存在なのです。
帝釈天は二大護法善神の一柱
インドラはヒンドゥー教の三人の最高神の一人である「ブラフマー/梵天」と共に、釈迦の誕生を見守り、釈迦が悟りを開く前の段階からずっと守護してきたのです。
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そのため仏教においては梵天と並び、帝釈天は二大護法善神の一柱とされています。
仏教の美術では、釈迦を護る存在として、帝釈天と梵天が同時に描かれることが多いのです。
インドラは仏教においては、守護神という立場を強調されて描かれています。
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インドラとゾロアスター教の関係
インドラはゾロアスター教では魔王
古代イランで成立したゾロアスター教にも、インドラは関わります。
ただし、古代インドと古代イランの対立関係から、インドでの神はイランでは悪魔となるのです。
インドラはゾロアスター教では、英雄的な雷の神インドラとしてではなく、虚偽の悪魔であるとされ、悪魔アンダルの別名で呼ばれることもあります。
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インドラの偉業はゾロアスター教では別人が行う
インドラの最も重要な伝説と言える、ヴリトラという大蛇の戦いは、ゾロアスター教では、ヴリトラはアジ・ダハーカという魔竜になり、インドラの役割はスラエータナオという英雄に代替されています。
より古い時代においては、共通の神話を持っていたともされる古代インドと古代イランですが、政治的な敵対が宗教を分けて、お互いの神と悪魔を逆転させる現象が起きていたのです。
宗教と政治が一体化であった古代では、政治対立が宗教の変質を生むようなことは珍しくなく、同じルーツを持つ宗教の差別化と枝分かれにつながっていきます。
戦いと雷の英雄神インドラの神話
インドラは多くの神話の主人公
時代によりインドラの立場や役割、あるいは善悪という属性までも変質してきましたが、インドラは偉大な力と伝説を持つ神なのです。
以下、インドラの成し遂げた神話をご紹介していきます。
インドラとヴリトラの戦い
巨大な蛇の怪物ヴリトラは、天を雲で覆い隠し冬を招き、水を閉じ込めて干ばつを起こしては人々を苦しめています。
インドラは人々を救うために、このヴリトラと戦うことになったのです。
インドラはブラフマーに相談し、ヴリトラを倒せる武器はないかと質問します。
ブラフマーは「聖仙ダディーチャの骨でなら、その武器は作れる」と教えてくれたのです。
インドラはダディーチャのもとを訪れると、ダディーチャは命を捧げることを了承します。
ダディーチャは息を引き取り、その遺骸からインドラたち神々は骨を取り出したのです。
職人の神トゥヴァシュトリにより、聖仙の骨は「ヴァジュラ」という武器へと生まれ変わります。
インドラはヴァジュラを用い、その武器を使ってヴリトラを倒すことになったのです。
以後、ヴァジュラはインドラの武器として使われることになります。
ちなみにヴィシュヌ派の神話では、ヴァジュラの中にヴィシュヌが宿ることもあるのです。
どの宗教か、あるいは宗派によって活躍する神々が変わることはインドの神話では多々あります。
なお、冬と雲を象徴する悪神を、雷の武器を使って勝利するというモチーフは古代世界の神話には多く共通しているものです。
インドラは北欧神話のトール、ギリシア神話のゼウス、あるいは同じアーリア系のスラブ神話のペルーヌなどとも、似た性質がある神とされています。
インドラとトリシラスの戦い
トリシラスとは、アスラ族に生まれた三つ首の怪物です。
強大な力を持ったトリシラスと戦い勝利したインドラは、その三つの首を全て切り落とします。
切り落とされたトリシラスの頭からは、カピニャラ、ガラピニガ、ティッティリと呼ばれる三種の鳥が生まれたとされているのです。
トリシラスを殺されたことで、その父親は怒り、その復讐のために力を与えたとされるのがヴリトラになります。
ヴリトラの悪事の原因は、インドラにもあったのです。
なお、無数の伝承で組み上げられた神話体系であるヴェーダのなかには、トリシラスの父親はインドラにとって父親であるとするパターンもあります。
インドラは父親に追放されるが復讐を果たす
インドラは父親に危険視されて、追放されます。
その孤独な旅の最中に、インドラは数々の冒険を行い、多くの魔物や悪神を倒したのです。
力をつけたインドラは、やがて父親を倒し、その地位を奪います。
その父親とは、ヴァジュラを製作したトヴァシュトリであるとも、トヴァシュトリはインドラの育て親でもあるともされているのです。
つまり、三つ首のトリシラスの父親もまたトヴァシュトリであることもあります。
インドラとハヌマーンの物語
猿の神ハヌマーンが太陽を果物と思い込み、天空へと登り始めたとき、天空の神々はハヌマーンという見慣れぬ存在に怯え、英雄インドラに退治するよう依頼します。
インドラはヴァジュラを使いハヌマーンを打ちつけてそのアゴを砕くと、ハヌマーンはそのまま地上に落ちて死んでしまいます。
ハヌマーンの父親である風の神ヴァーユは怒り、償いを求めたのです。
神々はハヌマーンに数々の力を授け、インドラはハヌマーンにヴァジュラでさえ砕けぬ祝福を与えます。
ハヌマーンはより無敵の神として復活して、多くの神話で活躍する神となり、西遊記の孫悟空のモデルにもなったのです。
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インドラの『ラーマーヤナ』での災難
ヒンドゥー教時代のインドラは、数多くの女性と関係を持ちます。
インドラが手を出した女性には、聖仙ガウタマの妻もいたのです。
聖仙ガウタマは呪いを使うことで、インドラから性器を奪い、またインドラの全身に千の女性器をつけたとされます。
ラーマーヤナではインドラの受難は多く、魔王に敗北することにもなるのです。
ヴィシュヌの化身であり、ラーマーヤナの主人公、ラーマ王子の引き立て役になりますが、かつてインドラが力を与えた猿神ハヌマーンは大いに活躍します。
まとめ
- インドラはヒンドゥー教成立より古くから存在する雷の神
- インドラはヒンドゥー教成立後は最高神たちに役割を奪われる
- インドラはバラモン教、ヒンドゥー教、ゾロアスター教、仏教の軍神である
- インドラは数々の魔物や悪神を倒した
- インドラの武器は聖仙の骨から作られたヴァジュラ
- インドラは仏教では帝釈天であり梵天ともに重要な仏教の守護神
- インドラの神話はヒンドゥー教では扱いが悪い
- インドラはバラモン教では最も多くの賛歌を与えられた英雄神
古代の英雄神である雷の神インドラは、時代や宗教によって性質を変えられる神になります。
それぞれの宗教が求める理想と、インドラは適合する場合もあれば、しない場合もあったのです。
インドラは宗教の成立における、教義や理想の対立、あるいは国家間や民族間の争いの作用を学ぶことの出来る存在になります。
そして、立場の上下はあったとしても、インドラは雷を使う力強い神として描かれていることも特徴なのです。
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