ダビデとは?生い立ちや聖書、ゴリアテのエピソードなど解説

旧約聖書には数多くの偉人が登場します。

そんな偉人たちの中でも特別に有名な人物がダビデ王です。

ダビデは戦争の英雄にして預言者あり、王さまであり熱心な神の信者であり、救世主の先祖で騎士道における理想的な人物でもあります。

多くの名誉が与えられるダビデとは、いったいどんな人物なのでしょうか?

今回は旧約聖書の英雄であるダビデについてご紹介していきます。

旧約聖書の英雄ダビデ

ダビデの生い立ち:預言者に油を注がれる

旧約聖書の記述では、古代においてユダヤ人たちの国であるイスラエル王国にダビデは生まれます。

ダビデは8人兄弟の末弟として生まれ、羊飼いとして暮らしていました。

そんなダビデのもとに預言者サムエルが現れて、油を注ぎます。

それはサムエルが神=ヤハウェの使命を果たすための行動でした。

預言者サムエルに油を注がれることは、「少年ダビデをイスラエルの王として認める行為」になります。

預言者サムエルは、神の命令に背いてしまったイスラエル王国の初代王であるサウルに変わる「新たな王」を探していたのです。

ユダヤ人の敵部族であるアマレク人をサウル王は戦争で虐殺しています。

神はアマレク人の虐殺までは、サウル王に望んでいなかったのです。

サムエルは少年ダビデを選び、このときから神の守護はサウル王から離れて、ダビデに与えられるようになります。

ちなみにサムエルがダビデを選んだ理由は、美少年だったからです。

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ダビデがゴリアテを倒す

ダビデ(手前)とゴリアテ(出典:wikipedia)

羊飼いの少年であったダビデは預言者を通じて、神の加護を与えられましたが、その直後に王となることはありませんでした。

まずダビデはサウル王に「竪琴を弾く係」として雇われます。

神の加護がなくなったサウル王は悪夢に悩まされていましたが、ダビデの竪琴を聞くと心が安らいだのです。

その当時、サウル王は異民族のペリシテ人と戦争中であり、ペリシテの巨人ゴリアテに苦戦しています。

ゴリアテはとても強く、イスラエル兵士の前に単身で現れては挑発を繰り返しますが、イスラエル兵士たちはゴリアテに怯えて戦いを挑みません。

そんな中で子供のダビデだけがゴリアテに挑むことを宣言します。

サウル王から鎧と武器を与えられましたが、ダビデはそれを脱ぎ捨てて、羊飼いの杖と石投げ(スリングと呼ばれる家畜や害獣に向けて石を投げる道具)だけでゴリアテに挑んだのです。

ダビデは石を投げつけゴリアテを倒し、ゴリアテの首を切り取ります。

ペリシテ軍はゴリアテが討ち取られる様子を見せられて怯えてしまい、イスラエル軍はペリシテ軍に大勝したのです。

なお、ダビデがゴリアテを倒すエピソードは、弱者が強者を打ち負かすという「ジャイアント・キリング(giant killing)」の由来となっています。

ダビデはサウル王に狙われる

その後もダビデは戦争の度に活躍していったのです。

ダビデは敵民族の600の首を奉げたとも伝えられています。

褒美としてダビデはサウル王の娘ミカル(王の次女であり長女とは結婚させてもらえなかった)との結婚を許しますが、やがてサウル王に危険視されるようになったのです。

サウル王に命を狙われたダビデでしたが、サウル王の息子であるヨナタンにダビデは愛されていたので、ヨナタンの通告により窮地を脱したりします。

ダビデは何度もサウル王の暗殺から生き延び、ときにサウル王の命を奪えるチャンスを得ましたが、サウル王を殺さないことで自分に敵意がないことを示したのです。

神の加護を失っているサウル王は、やがて戦で非業の死を遂げ、ヨナタンも戦死します。

その後、ユダ地方の王になったダビデと、イスラエル王国を父から継いだイシュ・ポシェテ(イシュバアルとも)と争いになりますが、イシュ・ポシェテは部下に裏切られて暗殺されるのです。

ダビデはこうしてイスラエル王国全体を掌握して、イスラエル王国の王位を継承します。

ダビデはイスラエル王国の3代目の王になったのです。

ときおりイシュ・ポシェテは無視されて2代目の王ともされますが、2代目のイスラエル王国の王はイシュ・ポシェテになります。

ダビデの治世

ダビデ王は多くの異民族たちに勝利して、それらを併合したのです。

有能な王として君臨したダビデは8人の妻を娶ることになります。

その妻のなかに、家臣(ヒッタイト人のウリヤ)の妻であったバト・シェバがいます。

バト・シェバに興味を持ったダビデは彼女と関係を持ち、妊娠させたのです。

ダビデは妊娠がばれないように画策しましたが、けっきょく失敗します。

追い詰められたダビデは、バト・シェバの夫を激戦地に派遣して死なせるという悪事を行いました。

預言者ナタンはダビデを非難し、ダビデは悔いましたが、神は不倫で生まれた子の命を罰として奪ったのです。

ダビデとバト・シェバのあいだにその後できた二人目の子供が、有名な「ソロモン王」になります。

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ダビデ王の晩年

ダビデ王の長男アムノンが妹を犯し、三男のアブサロムな怒ってアムノンを殺害します。

アブサロムはその後、ダビデ王に謀反を起こしてユダヤ人たちはアブサロムを支持しましたが、アブサロムは敗北して捕らえられたのです。

ダビデ王は可愛がっていた美しいアブサロムを死なせたくありませんでしたが、部下が独断でアブサロムを殺害します。

ダビデ王は悲しみ泣きつづけました。

そののちダビデ王はイスラエル王国の体制を整備し、ユダヤ教の基礎もこの時期に作られたとされているのです。

やがて年老いたダビデ王が弱るなかで、妻の一人ハギトの息子が勝手に王を名乗るようになります。

バト・シェバは息子であるソロモンを正式な王に任命することをダビデ王に求め、ダビデ王はそれを承諾、ソロモンを次の王に選んだのです。

司祭によりソロモンに油が注がれ、ソロモンは正式なイスラエル王に選ばれ、ダビデ王はそののち死亡します。

賢さに秀でたソロモンはファラオ(エジプトの王)の娘を妻にするなど、イスラエル王国を最盛期に導きますが、重税を課したことで王国から民の心が離れていき、ソロモンの死後、イスラエル王国は分裂することになるのです。

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考古学的なダビデ

ダビデの碑文

聖書の人物であるダビデは実在したのでしょうか?

ダビデは紀元前1000年頃の人物であるとされるため、当時の資料はほとんど残っていないのです。

しかし、ダビデのものと思われる名前が刻まれた碑文(石板)が見つかっているため、おそらくダビデという名の指導者がイスラエル周辺にいたのだと考えられています。

ダビデのイスラエル王国への予想

旧約聖書におけるダビデは華々しい実績の王ですが、3000年前のイスラエル王国はそれほど成熟した国家ではないと考えられています。

エジプトや、メソポタミア地方のバビロニアなどの周辺諸国が圧倒的に強く、国際的な覇権を築くことは難しい状況です。

イスラエル王国の国力はそれほどではなく、ダビデが生きていた時代も、成熟した王国の形を成していなかったのではないかと考えられています。

おそらく現実のダビデはイスラエル地方の豪族というような存在で、イスラエル王国も明確な君主制があるほど発達した国ではなかったと予測されているのです。

旧約聖書におけるダビデの名君ぶりは宗教上のフィクションである可能性が高くなります。

ダビデ以後のユダヤ教徒たちは、いつしか古代の王であるダビデに自分たちの理想のリーダー像を与えていたのです。

ダビデと聖書

ダビデとユダヤ教

旧約聖書の登場人物であるダビデは、ユダヤ教では預言者の一人として、そして英雄的な王として人気があります。

多くの詩が与えられるなどの人気者です。

旧約聖書における神からの評価では、ダビデはあまりにも戦争に明け暮れた王であるために神殿を作る権利を与えられなかったとされます。

バト・シェバの夫を殺害したことと、彼女との不倫が旧約聖書に残されたのは、ダビデがその行いを悔い改め、その後も神への信心に忠実だったからとされているのです。

ダビデの「罪を反省する生き方」を、ユダヤ教の宗教的な倫理は評価しています。

ダビデとキリスト教

油を注がれた者=メシアというテーマはキリスト教では重視します。

油を注がれることは、神から地上の王であることを認められたという解釈でもあり、ダビデもまた神から選ばれた王なのです。

イエス・キリストはダビデの子孫とされていて、それはユダヤ教のメシアが=救世主がダビデの血筋から生まれるという伝承と適合します。

メシア=救世主の理想像のひとつが戦争上手なダビデです。

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ダビデとイスラム教

イスラム教の言い伝えでは、ダビデの軍事的な功績は神から授けられた鎧や盾つくりの知恵の結果ともされています。

「神の加護によりダビデは勝利者となった」という側面が強調されているのが特徴です。

また詩才と美声の持ち主であるダビデは、詩や歌声への評価が高いイスラム教において愛されている人物になります。

神への祈りを毎日欠かさなかったダビデの「宗教的な勤勉さ」も愛されているのです。

ダビデは断食も厳格に行っていたことで、断食の戒律があるイスラム教においては「最高の信者」というような価値観で評価されています。

なおバト・シェバとの不倫についての記述はイスラム教では言及されることは少ないのです。

ダビデの与えた文化的な影響

ダビデは人気者

ダビデは旧約聖書、新約聖書、コーラン(イスラム教の経典)で称えられる古代の名君です。

三つの宗教でも評価される理由は「神さまの敬虔な信者」だったからになります。

しかし、それ以上にダビデのキャラクターが魅力的であり、そのエピソードも娯楽性に満ちていたことが大きいのかもしれません。

娯楽性のあるダビデのエピソード
  • ダビデは美少年
  • 歌声がキレイ
  • ゴリアテを倒した戦士
  • 神に選ばれた者
  • 王子から愛された
  • 王から憎まれた
  • 不倫と略奪愛を行った
  • 最愛の息子に裏切られる
  • 名君

聖書の物語ぐらいしか読み物がなかった大昔では、ダビデの物語は宗教の枠を超える娯楽性を持っていたのです。

愛憎劇と英雄の国取り物語と家庭ドラマが混じったようなダビデの人生は魅力的であり、ダビデは現在においてもさまざまな芸術や娯楽作品のモデルとなります。

ダビデ像

ミケランジェロの作品であるダビデ像。左手で投石器を持っている。(出典:wikipedia)

美男子であるダビデは彫刻においても人気の強いモデルとなります。

ダビデ像を作った著名な芸術家には、ドナテッロ、ヴェロッキオ、ミケランジェロなどがいて、それぞれの作風と解釈でダビデ像を作っているのです。

人気のあるテーマは「ダビデとゴリアテ」および「美青年ダビデの裸像」になります。

「ダビデとゴリアテ」がテーマの作品では、ドナテッロやヴェロッキオのように、多くのダビデ像は切り落としたゴリアテの首が足元にある「堂々とした勝利者の姿」が好まれました。

しかし、ミケランジェロは「投石器を持ってゴリアテに挑もうとしているダビデ」という、緊張した少年の姿を選んでいます。

ミケランジェロのダビデ像の特徴で、我々からするとユニークに思える点は「瞳がハート型」ということかもしれません。

ミケランジェロのダビデ像の強敵に挑もうとする少年の姿は、周囲の大国にプレッシャーを受けた都市国家フィレンツェ共和国の象徴ともされるようになったのです。

ダビデの身近な影響:David(デイビッド)という名前の由来など

「デイビッド」という名前の由来はダビデにあります。

またトランプの「スペードのキング」のモデルとされていて(つまりは「騎士の王」という意味です)、フランスでは旧約聖書の逸話から「竪琴をもつダビデの姿」になっています。

美青年であり、ダビデの子供たち同士の愛憎劇とそれにまつわる殺人事件などは、現代でも多くのドラマや映画、小説などの題材とされているのです。

軍事的な象徴としてのダビデ

イスラエル国旗の六芒星はダビデが由来(出典:wikpedia)

ダビデは軍事的な英雄です。

多くの敵を倒しているために中世の騎士たちからは、「理想的な9人の王/9偉人:ナイン・ワーシーズやナイン・グッド・ヒーローズ」の一人として認識されています。

ナイン・ワーシーズには「アーサー王(伝説上の英雄王)」、「アレクサンダー大王」、「ジュリアス・シーザー(カエサル)」、「ヘクター(ギリシャ神話の英雄)」などが含まれます。

また1648年にユダヤ人民兵部隊の象徴としてイエズス会が「ダビデの星」を発明したのです。

ダビデは自分の盾に「Ⅾ」という自身を象徴する文字をあしらっていたとされ、当時のⅮとは「△」のような形でした。

ユダヤ人民兵たちに「△」を二つ組み合わせてつくった「六芒星」をシンボルとして与え、これを「ダビデの星」と呼ぶようになります。

ダビデの星はそれ以後ユダヤ人社会に浸透していき、現代ではイスラエルの国旗にも採用されているものです。

3000年前のダビデに由来するシンボルですが、17世紀に考案されたものになります。

※ダビデとは関係ありませんが六芒星は日本では「籠目(かごめ)」と呼び、籠目の連続した文様は魔除けの効果があるとされているのです。

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まとめ

  • ダビデは旧約聖書でゴリアテと戦った英雄
  • ダビデは預言者に油を注がれた
  • ダビデはイスラエル王国の初代王に仕えた
  • ダビデは美少年
  • ダビデはイスラエル王国の3代目の王
  • ダビデは略奪愛の結果、部下の妻であったバト・シェバと結婚する
  • ダビデの息子がソロモン王
  • ダビデという名の指導者は3000年ほど前に実在していたらしい
  • ダビデはユダヤ教、キリスト教、イスラム教で人気がある預言者
  • ダビデの彫像で最も有名なものはミケランジェロの作品

ダビデは古代の偉大な王であり、現在でも多くの娯楽作品の元ネタでもあります。

宗教を抜きにしてもダビデのキャラクターは魅力的です。

強さと信仰心を併せ持ち、愛憎劇の連続の人生でもあるダビデの物語は今も昔も人々の心をつかむ能力を持っています。

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