試験を行い学力を競い合うことで、権力への道が開かれることはフェアな勝負と言えます。
中国の官僚になるための試験として有名な「科挙(かきょ)」は、身分ではなく学力によって合否が決まるという、実力主義の試験システムとして有名です。
今回は、科挙とは何か、どれぐらいの倍率か、また科挙におけるカンニングなどをご紹介していきます。
「現代の科挙」とも言われる高考(ガオカオ)との比較もしていきます。
科挙とはどんな制度であったのか
科挙制度の始まり
賢帝として名高い隋(ずい)の初代皇帝である楊堅(ようけん/41年~604年)。それまで貴族が独占してきた政府の役職に対して、身分を問わずに学力による試験での選抜「科挙(かきょ)」を始めます。
古代の社会においては、「頑張れば報われる」という、実力重視の試験は、じつに革新的なシステムでした。
この試験は、中国の歴代王朝において伝統的に受け継がれ、1905年に廃止されるまでつづくことになるのです。
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科挙に合格したらどうなるのか
政府の官吏(役人)になれます。
要は高級役人への道が約束されることなり、科挙に合格することは本人だけでなく、本人の一族全てに大きな富をもたらしました。
現在でいうと、ブラジルで貧困家庭の男の子が大人になってサッカー選手として有名になり、その家族もやがて豊かになるのと似ているでしょう。
科挙で役人になることは当時の「チャイニーズ・ドリーム」だったと言えるかもしれません。
科挙は二泊三日にわたり独房で行われる
科挙の受験会場は巨大な施設です。
受験生は数千人であり、それぞれが一人ずつ入れる独房(どくぼう)において行われます。一人で入る監獄(かんごく)のことですね。
監視されつつも、二泊三日のあいだ、もちろん食事をしたりしながら問題を解くことになります。
科挙に合格者たちが作り上げた士大夫
やがて科挙に合格した者たちが、貴族に変わり新たな支配階級を作ります。
士大夫(したいふ)と呼ばれる集団です。
やがて士大夫の子ばかりが科挙に合格し、士大夫という権力が世代を越えて受け継がれるようにもなります。
貴族勢力を追い出した士大夫たちは、元(げん)の時代を除いて政治の中枢に居座ることになります。
また学問に秀でていたため、さまざまな文化人を輩出してもいるのです。
中国の政治と文化を司る、知識階級なのです。
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科挙ではカンニングも横行した
科挙に合格するためには何でもする
科挙に受かれば権力も富も手に入りました。ひと昔前でいう東大合格のようなものかもしれません。
そのため、受験者の中にはカンニングなどの不正を行う者もいたのです。
科挙で使われたカンニングペーパー
科挙ではさまざまなカンニングが行われていました。
有名なのは、手のひらに収まるサイズの「豆本(まめほん)」(上図参照)です。
これはカンニングペーパー(いわゆるカンペ)として使われていました。科挙は膨大な試験範囲だったため、豆本に小さな文字で膨大な文字数が描き込まれたのです。
豆本は小さいので、試験会場にこっそり持ち運ぶのには最適だったでしょう。
科挙では替え玉受験もあった
有力な貴族であったとしても、自分の子供が科挙に合格しなければ権力の座から遠のくことになります。
そのため優秀な人間に替え玉受験をさせることもありました。
替え玉受験を請け負う人物たちもいて、お金がある場合はそういった不正なサービスを利用して合格請負人を雇うこともあったのです。
この替え玉を見抜くために、本人確認のためだけの予備試験なども行われるようになりました。
しかし、受験会場が巨大であるため、優秀な受験者に自分の答案を代筆してもらうなどの替え玉受験も行われています。
科挙に対するその他の不正行為
古典的ですが体に文字を書いている場合もありました。
また自分の体ではなく、下着に対して数十万文字をびっしりと書き込んだ、カンニング用の下着というユニークな物もありました。
あらゆるカンニングの方法がありましたが、それらの不正に対する対策も施されたのです。以下で見ていきましょう。
科挙に対する不正行為は厳罰に処された
科挙を監視する試験官もいますが、まずは試験会場に入る際に兵士から荷物検査を受けることになりました。
もし兵士が荷物検査でカンニング用グッズを発見すれば、銀の棒が三本もらえるといったボーナスもありました。ボーナスをもらいたいから兵士は必死で荷物検査をしたことでしょう。合理的なシステムです。
受験者が持っている饅頭(まんじゅう)を割って、そのなかに不正なカンニング用品がないかまで調べられ、時には全裸にされて調べられることもありました。
不正行為が発覚した場合には、死刑にされることもあったのです。
科挙の倍率や難易度はどれぐらいか
科挙の倍率は3000倍にもなった
科挙の倍率は時代によって変わります。
ピーク時での倍率は3000倍にもなりました。ただし、モンゴル人による元(げん)や、女真族による清などの侵略により打ち立てられた王朝において科挙は比較的軽んじられていたのです。
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科挙の難易度は極めて高い
科挙の本試験の前には、いくつもの予備試験を合格しなければなりませんでした。若くしてそれら全てを合格することは非常に難しかったのです。
そのため科挙を合格した人物の平均年齢はおよそ36才。
なかには70才を過ぎてようやく科挙を合格した人物もいるため、その難易度は極めて高かったと言えるのです。
科挙に受験できなかった場合
70才の受験者がいることでも分かるように、人生の大半または全てを科挙に費やしたとしても、最後まで合格できない受験者も多かったのです。
受験に失敗して自殺したり、あまりのプレッシャーにより精神病を患ったり、猛勉強のあげくに過労死したりしたケースもあります。
巨大な帝国の権力に近づくためには、大きなリスクがありました。
「現代の科挙」こと高考(ガオカオ)とは
高考は中国版のセンター試験
中国では大学に入るためには「全国普通高等学校招生入学試験」、通称は「高考(ガオカオ)」の受ける必要があります。
2008年以降は、「全国大学統一試験」と改称されましたが、通称はそのまま高考のままです。
毎年6月7日、8日に行われており、日本でいうセンター試験ですね。
盛大に行われているため、市民が公共交通機関の使用を控えたりと、社会全体が協力的になってくれるのです。
現役高校生にとって、大学受験はこの高考だけの一発勝負。
そのためストレスのために自殺したり、数学の問題が難しくて発狂するケースが起きるなど、緊張感にあふれます。
他には、公共バスのトラブルにより、試験開始から15分遅れただけでも保安部門の人員に試験を受けさせてもらえないこともあるのです。
2011年には、そんな悲劇に遭遇した少年がビルの6階から飛び降りて自殺してしまいました。その後、遺族が彼の遺体を乗せた車を使って盛大な抗議運動を起こす事態に発展しました。
毎年900万人以上の受験者がいるため、毎年受験者が50数万人の日本のセンター試験に比べても、その受験倍率の高さはケタ違いになります。
高考の点数と合格基準の変動
基本的に高考での成績が、志望校の求める成績に達していれば合格します。
しかし、自分の出身地以外の大学受験は時にハードルが上がります。
都市部での失業率の上昇を避けようという考えがあるため、都市部への過剰な人口の流入を嫌う部分があるのです。
地方出身者が都市部の大学を受験しようとする場合は、その合格基準が都市部出身者よりも高く設定されることがあります。
高考での是正措置
少数民族が多数暮らしている中国においては、少数民族の地位の向上や社会参加の機会を増やすための措置が行われています。
端的に言えば、少数民族が有名大学に入りやすくなるための措置です。
砂漠や高山地帯、象が住むような森林などの極端な環境にも少数民族は住んでいる場合があります。そのため、高度な教育を受けられる機会は少ないことも多々あります。
民族に関係なくフェアに評価をするため、少数民族には高考での試験結果に加点が行われることがあります。
その制度を利用して、自分は少数民族と偽ることで高考での加点を目論むという事件も起きています。
科挙と高考の比較
基本的に実力主義であるという点で両者は同じです。
実は、少数民族への是正措置や、出身地域によるハードルの上下なども、科挙を実施する王朝においては似たような政策が存在したこともあります。
商人や近親者が最近死亡し喪に服している者は受験資格がなかったり、出身民族による合格者数が決まっていたり、出身民族によって合否の難易度が変わったりもしていました。
高考における是正措置は欧米などでも行われているため、世界的に見てもそれほど特別なものでもありません。
大学合格者の人種の割合が決められていることも、多様な人種や民族いる国においては珍しいことではないのです。
少なくとも、女性が受けられなかった科挙に比べれば、高考は男女ともに受けられるずっと平等な試験です。
成人高考という制度
高考は現役高校生のための大学入試試験ですが、学歴社会である中国では社会人が大学受験を行うことも多くあります。
社会人用の大学受験制度が「成人高考」です。
高考は900万人以上が受験していますが、成人高考は300万人以上が毎年受験しています。
昇進のために高学歴が要求されることもあるため、社会人も勉強し続ける必要があるのです。
高考を経ていわゆる現役入学した学生は寮生活を送りながら、月~金の日中に授業を受けます。
しかし、成人高考での受験者は一般に社会人であるため、夜間や土日に勉強することが多いのです。
成人高考は高い学歴を求めてのことなので、大体の名門大学は門戸を開いています。他の大学を卒業した社会人なども多くこのシステムを利用し、学問の修得に励むことになります。
中国で科挙はもうなくなりましたが、学歴を重視する社会構造であるところは変わっていません。
まとめ
- 科挙は随の時代から行われていた。
- 科挙は独房で行われていた。
- 科挙では多くのカンニングが行われていた。
- カンニング用の下着があった。
- カンニングへの対策は極めて厳しく、不正が発覚した場合は死刑もありえた。
- 科挙の倍率は最大3000倍で、70才で合格出来た人物もいた。
- 高考と呼ばれる大学試験が現在の中国では行われている。
- 今もって高度な学歴社会である。
身分に囚われることのない実力主義の試験というのは、革命的な発明です。
しかし、その試験は難関なため、受験者が精神を病んでしまったり、正当な努力以外にも不正な努力にも力が注がれていたりしたようです。
そのあたりには、今も昔も人間の考え方には大きな違いがないようで、何となく親近感もわいてきます。
学問の道が厳しいのは、大昔からのようです。
藤井有鄰館で、カンニング下着(絹製)が展示されています。圧巻‼︎‼︎