ヴォズロジデニヤ島とは?生物実験や現在の様子まで解説

Vozrozhdeniya Island

かつて中央アジア・アラル海に存在したヴォズロジデニヤ島
島内では細菌兵器の開発が行われ、その存在は伏せられ地図にも載せられていませんでした。
当時は極秘とされ、今は忘れ去られた島でいったいなにがおきていたのでしょうか。
そして、現在のヴォズロジデニヤ島はどのようになっているのでしょうか。

ヴォズロジデニヤ島の場所


ヴォズロジデニヤ島は、中央アジアのアラル海にあった島です。
かつてはウズベキスタン領の島でしたが、アラル海の水量が減ったことで2002年にカザフスタンの南部沿岸とつながり、現在は北部がカザフスタン領、南部がウズベキスタン領の半島となっています。

「ヴォズロジデニヤ」はロシア語で、「再生」「復興」「復活」を意味します。
ここにはかつて、ソ連が作った大規模な生物兵器の実験場がありました。

ヴォズロジデニヤ島の生物兵器実験場

ヴォズロジデニヤ島では生物兵器の開発が行われた

1930年代に生物兵器の研究が開始

1930年代、ヴォズロジデニヤ島に口蹄疫研究所が創設されます。
当初はその名の通り、口蹄疫に関するワクチン開発が行われていましたが、1937年にソ連の細菌兵器研究所がこの地に移され、生物兵器の研究が始まりました。

もともとはこの島は名前もないような僻地でしたが、研究所ができたことで居住区ができ、「ヴォズロジデニヤ島」と名づけられます。

1500人以上もいた居住区もあった

居住区には研究員とその家族が移り住み、一時期は1,500人以上もの住民がいました。

町には学校や病院、公的機関が整備され、当時は貴重だった食料や日用品も手に入り、快適に暮らせる環境が整っていたといいます。

しかし、ソ連時代はこの島の存在は極秘とされており、地図にも載っていませんでした。

40種類以上の細菌兵器の開発

あらゆる細菌兵器の開発が行われた

細菌兵器の開発は1954年に始まり、1992年まで、炭疽菌、天然痘、野兎病、ボツリヌス菌、ブルセラ症、ペスト、ベネズエラウマ脳炎など、40種類以上にものぼる病原体がこの地で実験されました。

実験には多くの動物が使われ、犠牲となりました。

1970年代には人間にも被害が

そして1971年、細菌兵器はついに人間にも影響を及ぼします。

1971年、ヴォズロジデニヤ島の近くを通航した船が、黄色い霧のようなものに遭遇します。
その船に乗っていた人々は次々に天然痘ウイルスに感染し、3人が死亡しました。

続く1972年には、近くの沖合を漂流する船の中から、ペストに感染して死亡した遺体が発見されました。
さらに、1985年には島の草原で大量の動物が死んでいるのが発見されています。

これらの事件は、生物兵器実験場からなんらかの理由で細菌兵器が漏れてしまったことが原因でした。

1992年に実験場は閉鎖

この状況に対抗する術はなく、1992年に生物兵器実験場は閉鎖。ヴォズロジデニヤ島は放棄されました。

当時はソ連崩壊後の混乱期でもあり、あまりにも急な退去によって家電や日用品などが残されたままとなります。現地ではそれを目当てにした略奪が横行しました。

島には大量の細菌兵器が取り残され、危険なので近づく者はいなくなりました。
そしてヴォズロジデニヤ島は完全な廃墟と化したのです。

アメリカによる炭疽菌除去

アメリカは、早くからヴォズロジデニヤ島で生物兵器の実験・開発が行われていることをつかんでいました。

911テロ事件以降、アメリカはテロの脅威から生物兵器に対して神経質になり、ヴォズロジデニヤ島に大量に残されていた炭疽菌を問題視するようになります。

2002年、アメリカ政府は生化学技術者であるブライアン・ヘイズが率いる113人の処理チームを編成し、炭疽菌除去のためにヴォズロジデニヤ島に派遣します。

処理チームはおよそ500万ドルの費用を投じ、約3ヶ月かけて100〜200トンの炭疽菌を中和しました。しかし、完全に取り除くことはできず、それ以外の病原菌が今も未処理のまま残されています。

【関連記事】

現在のヴォズロジデニヤ島

廃墟と化したヴォズロジデニヤ島の街並み

アラル海が干上がり、半島に

半島となったヴォズロジデニヤ島

アラル海はかつて、世界で4番目に大きな湖でした。

しかし、第二次世界大戦後にソ連によって行われた綿花や水稲の灌漑農業の拡大で、アラル海に注ぎ込むシルダリア川とアムダリア川の水を無計画に大量に使用した結果、アラル海の水量は激減します。
アラル海はわずか半世紀で約10分の1にまで干上がってしまいました。

塩湖だったアラル海の乾いた湖底からは、塩混じりの砂が周辺の町に飛散します。町は荒廃し、人々には健康被害が出ています。かつてさかんだった漁業は成り立たなくなり、生活は脅かされ、「20世紀最大の環境破壊」といわれています。

アラル海が干上がったことで、ヴォズロジデニヤ島は地続きの半島となりました。
しかし現在、この地域を訪れる人はいません。残存する細菌兵器が危険なため、近づくことができないのです。

ゴーストタウン化したヴォズロジデニヤ島

打ち棄てられた船

現在、ヴォズロジデニヤには放置された研究所、廃墟と化した町、船や戦車が残されたままとなり、ゴーストタウンと化しています。

そのため、島の正確な情報がわからない状態です。情報隠蔽のために地中に炭疽菌を埋めたせいで、島内の生物はウイルスに感染しているという説もあります。

アラル海の無謀な開発とともに、ヴォズロジデニヤの生物兵器実験場もまた、過去の愚かな政策のために多くの人々を苦しめ続けているのです。

【関連記事】

まとめ


・ヴォズロジデニヤ島は生物兵器実験場
・70年代に人間にも被害が出始める
・1992年に実験場は閉鎖
・2002年にアメリカが炭疽菌処理チームを派遣
・ヴォズロジデニヤ島は現在半島になった

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA