自分の歯をまっ黒に染める「お歯黒(おはぐろ)」という文化が、かつての日本には存在していました。
現代人の感覚としては、機会があったとしても、あまりしてみようという気持ちがわいてこない行いです。
歴史が変われば価値観も変わってしまうために、過去の風習を考えることは歴史を学ぶ必要も伴います。
今回は、お歯黒という文化がどうして日本にあったのか、そして、日本以外にも存在したお歯黒の文化をご紹介いたします。
お歯黒の歴史
お歯黒の持つ歴史は古い
日本にお歯黒という文化・風習が存在していましたが、その歴史はとても古いものです。
なんと古墳時代にまで遡ることになります。
発掘された埴輪(はにわ)には、お歯黒を施されたものまで存在しているのです。
土器を使っていた時代には、すでにお歯黒を施した古代の日本人が存在していと考えられています。
古来は木の実や植物などを染料として、お歯黒を行っていたと考えられているのです。
やがて、海外からの鉄器が伝来したことにより、鉄を歯を黒く染めるための染料に使うようになっていきました。
仏教と結びついたお歯黒
お歯黒は中国にも存在していた文化です。
仏教僧である鑑真(がんじん/688年~763年)により、753年に、中国でのお歯黒の染色方法が伝えられています。
しかし、当初は仏教寺院がその製法を独占していました。
若干、高価な品でもありましたが、性質の良さから旧来のものと取って代わるようになっています。
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お歯黒は時代の経過と共に広まっていく
平安時代で男女を問わず、貴族、武士、大寺院の稚児(見習い僧侶、貴族の子や芸道に長けた子供などがなる)などもお歯黒をするようになりました。
室町時代には、大衆文化になっていき、一般の大人にも普及しています。
戦国時代においては、戦場にまでお歯黒をして行く人物も現れるようになります。
これは戦場で討ち取られた首の見栄えを良くするという、一種の戦死者へのリスペクトにまつわる文化に由来しています。
死後、討ち取られた首が醜く変色しないように化粧をしていたり、お歯黒で身なりを整えていたわけです。
お歯黒は江戸時代に衰退
江戸時代に入ると、皇族や貴族を除いて、ほとんどの日本人男性がお歯黒をしなくなります。
老け顔に見えるという理由から、若い女性たちもお歯黒をしなくなっていき、既婚女性や18才以降の未婚女性が特徴的にお歯黒を行うようになります。
また、遊女や芸子などには化粧としても定着していくのです。
遊女などが逃亡するのを防止するために、遊郭の周囲に掘られた溝を、「お歯黒どぶ」とも名付けられています。
近代化に伴い、明治以降、お歯黒をする日本人はいなくなります。
お歯黒をしたのはなぜなのか?
お歯黒をしていると「美しい」
お歯黒を日本人がしていた主な理由は、かつての価値観においては、お歯黒をした黒い歯が美しいものだと認識されていたことに由来しています。
現代の感覚と美意識とは異なってはいますが、文化というものは変遷するものだという証になるものです。
しかし、国土の質としてカルシウムの少ない日本では、虫歯の発生数は多いため、かつての日本でも多くの虫歯人口がいた可能性が考えられます。
虫歯による歯の変色や、歯並びの悪さを黒塗りで誤魔化すという発想は、それなりに理解が及びやすいものかもしれないです。
ヨーロッパの文化などからは、軒並み否定されているお歯黒ですが、耽美的な作風でも知られる文豪・谷崎潤一郎などからは、妖艶な美しさがある、と評価もされています。
お歯黒をしていると歯が守られる
意外な事実ですが、お歯黒には歯のエナメル質を守る効果があります。
歯の表面にフィルター状に塗り込むことになるため、歯を守ってくれる存在にもなるのです。
さらには、お歯黒は数日あるいは一日ずつ、剥がして塗り替えたりするため、爪楊枝などで歯をこすって落とすことになります。
それは、現代で言えば、歯磨きという行為にも置き換えられ、その効能は虫歯の予防、歯周病の予防としても機能していたと考えられています。
お歯黒による妖怪対策
佐渡に現れるという妖怪に「ふすま」というものがいます。
ふすまは布のような体を持つ妖怪で、人の首をその体で絞め殺してしまうとして、恐れられる妖怪です。
しかし、ふすまの体はお歯黒を施した歯なら、噛み切ることが出来るとされています。
そのため、大昔の佐渡では妖怪対策としてもお歯黒を使っていたのです。
また、お歯黒べったりという妖怪もいたとされ、妖怪との関係も少なからず存在しています。
お歯黒は社会的な立場を示すことにも使われる
お歯黒の文化があるベトナムでは、かつての清帝国との戦いの時代のスローガンに「長い髪のために戦おう!黒い歯のために戦おう!」というものがあります。
お歯黒の文化を民族独立のアイデンティティーの確立や、戦意の高揚に使ったわけです。
日本では既婚女性など、社会的な立場を伝えるものという側面も持っていたので、お歯黒は社会的な信号を発するものという機能も時に持っています。
海外のお歯黒文化
東南アジアにあるお歯黒文化とは
鑑真が伝えたぐらいですから、中国にもお歯黒は存在しています。
そして、中国以外にも多くのアジアの国にお歯黒の伝統は存在してます。
フィリピン、タイ、ベトナム、ラオス、ミャンマー、インドにも歯を黒く染めるという文化は存在しているのです。
昔のベトナムでは、歯が白いと「犬みたい」だという評価を受けることになります。
太平洋のオセアニア地域にも、お歯黒の文化はあります。
南米のシュアル族にあるお歯黒文化とは
南米のエクアドルからペルーにまたがり住んでいるシュアル族にも、歯を黒く塗る文化が存在しています。
シュアル族には倒した敵の首を狩り、頭蓋骨から剥ぎ取り煮込んで乾燥させて小さくするという干し首の伝統でも有名です。
シュアル族以外にも、一部の南北アメリカの部族において、歯を黒く染める文化が存在しています。
アフリカにあるお歯黒文化とは
マダガスカルの一部にも、お歯黒の文化は存在しています。
歯を黒く染めるという文化は、南北アメリカ大陸に東南アジア、オセアニア、インド、アフリカにまで存在していたわけです。
もはや、世界規模の文化だったと言えます。
歯を尖らせるという文化
歯の色を変えるだけでなく、歯の形状を変えるという文化も存在しています。
アフリカのコンゴやスーダン、バリ島、ベトナム、オーストラリアのアボリジニーなどには、歯を削って尖らせる文化も存在していたのです。
それには大人としての通過儀礼としてという理由や、怒りを表す歯を削ることで冷静な人格を手に入れるため、あるいは信仰的な理由などから、様々な理由と目的があります。
ちなみに、マヤ文明では、歯に身分の証となる彫刻を刻んでいたのです。
歯に改造を施す文化は、世界中の文化にあるようです。
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お歯黒に使用している染料と成分
お歯黒の染料の成分は主に鉄とお酢とタンニン
鉄をお酢で溶かして作る、鉄の溶液「鉄漿(かね)」を歯に塗り込みます。
そして「五倍子粉(ふしこ)」と呼ばれるタンニンを多く含む粉を、鉄漿に上塗りします。
その行為を何度も繰り返すことで、お歯黒は完成するのです。
お歯黒の虫歯予防のメカニズム
タンニンは歯や歯肉のタンパク質と結合することで、細菌による歯の溶解を防止します。
鉄分と歯の成分であるリン酸カルシウムやエナメル質の主成分であるハイドロキシ・アパタイトに作用し、耐酸性を高めます。
さらに酸化した鉄分とタンニンが結合し、これが膜状となり歯を守るフィルターになるわけです。
現在の歯科領域の研究でも、お歯黒の成分を虫歯の穴に埋め込むセメント剤と増せることで虫歯予防効果を高められないかという研究が行われてもいます。
考古学的にも証明されたお歯黒の虫歯予防効果
墓や塚などから掘り起こされた昔の人骨には、お歯黒を施した歯には虫歯が極端に少ないという報告もあります。
医学的にのみではなく、考古学的にもお歯黒の虫歯予防効果は証明されたのです。
じつに伝統的な虫歯予防の材質という側面もお歯黒にはります。
古いものを分析し直すことで、新たな発見をすることもあるのが考古学の楽しいところです。
まとめ
- お歯黒は古代から存在していた
- 時代によってする人口・立場が増減した
- 日本だけでなく、世界のあちこちにある
- 歯を黒くする以外にも、歯を尖らせる分もある
- お歯黒には予防効果がある
- 成分は、鉄とお酢とタンニンである
日本の伝統的な文化でもあるお歯黒ですが、世界中に同様の文化が存在していることには驚きます。
歯を大事にしたり、美的に重要視することは世界共通のようです。
しかし、人体の改造を施す民族・部族は世界に多々いますが、日本人もそんなカテゴリーにかつてはいたわけです。
そう思うと、世界の特殊に見える文化にも親近感がわいてきます。
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