北米大陸の北方民族に、エスキモーと呼ばれる少数民族たちがいます。
北極圏のなかという厳寒の土地に生きる彼らの暮らしは、我々からは想像が及びにくいものです。
今回は、少数民族エスキモーたちの特徴や習慣をご紹介していきます。
また、イヌイットとの違いについても解説していきます。
エスキモーという言葉が持つ意味
エスキモーという言葉が示す範囲
エスキモーは北極圏のシベリア極東部、カナダ北部、アラスカ、グリーンランドに住む「北方少数民族」の「総称」として一般的に用いられています。
エスキモーは単一の民族を示す言葉などではなく、当該地域に住む諸々の少数民族を、まとめて呼ぶときの言葉になっているのです。
正確で誤解の少ない言葉というものでは、ないことになります。
エスキモーは差別用語?
「エスキモー」という呼び名は、かつては「生肉を食べる」という意味として使われていた時期があります。
生肉を食べることは「野蛮な文化である」という価値観において、差別用語としてエスキモーは使われてもいたのです。
しかし、エスキモーと呼ばれる少数民族群が、生肉を食べる文化を持つことは事実ではあるのですが、エスキモーという単語は、それを指すものとしては間違っているものです。
エスキモーという単語は、アルゴンキン系インディアンの言葉で「かんじきの縄を編む」という意味になります。
しかし、アメリカやカナダなどに伝わる途中で、「エスキモー」は「生肉を食べる者」として、間違って伝わってしまったものなのです。
また、アルゴンキン系インディアンたちは、北方少数民族たちとは別の民族であるため、エスキモーという名前を、北方少数民族が古代から自称していたわけではないのです。
エスキモーは、北方に住む少数民族たちを、彼ら以外が呼ぶときの言葉であったことになります。
エスキモーはカナダではイヌイットと呼称される
カナダとグリーンランドにおいては、北方少数民族たちはイヌイットと呼ばれることを好んでいます。
イヌイットは彼らの言葉で、「人間」という意味になるものです。
元々、イヌイットとも自称していたわけではありませんが、エスキモーという言葉を否定するために、新たな名前が必要になったことから、イヌイットという名前を選んだのです。
カナダおよびグリーンランドでは、エスキモーの範疇に含まれる少数民族の方々に対して、イヌイットという名前を使うことが適しています。
エスキモー=イヌイットというわけではない
しかし、エスキモーを巡る名前の問題は複雑なものです。
北方少数民族は、ロシア領であるアリューシャン列島からアメリカ領のアラスカ、そしてカナダ北部という広大な範囲に分布しています。
そんな彼らを単一の民族として、エスキモーあるいはイヌイットと呼ぶことは、あまりにも乱暴な行いになるのです。
たとえば「ヨーロッパ人」という言葉は、ヨーロッパに住む人々にとっては間違った呼び名ではないわけですが、ドイツ人やイタリア人までひとくくりにされては、学術的にもアイデンティティの問題においても乱雑すぎる行いになります。
アラスカにおいては、エスキモーのことをイヌイットと呼称することは適切でないという考え方も存在しているのです。
なぜなら、カナダとグリーンランドの北方少数民族たちは「イヌイット系先住民」に縁を持ちますが、アラスカにいる民族はイヌイットとは関わりがない「ユピク系集団」になります。
エスキモーは東方集団のイヌイットと西方集団のユピクに分かれる
エスキモーはあくまでも総称となり、それをより細分化するためには、東西で大別することから始まります。
東に位置するカナダやグリーンランドではイヌイット、西にあるアラスカではユピクという分類になります。
エスキモーの分類
総称としてのエスキモーが存在してますが、それを分類すれば以下の通りになります。
- カナダ:イヌイット語を話すイヌイット系民族。総人口1万2000人。
- グリーンランド:イヌイット語を話すイヌイット系民族、「カラーリット/グリーンランド人の意味」と呼ばれるが、カナダのイヌイット系民族と文化も言語も同じため、イヌイットになります。総人口4万1000人。
- アラスカ:ユピク語を話すユピク語族。3万2000人。
- ロシア(アリューシャン列島およびシベリア):アレウト語族。1200人。
エスキモーの名称問題は複雑
エスキモーは差別用語でもあったものの、流通した言葉でもあります。
また、エスキモーたちも、エスキモーと呼ばれることに抵抗を持つ者もいれば、抵抗を持たない者もいるため、けっきょくのところ当事者が自称し選んだ名前で呼ぶことをメディアは選んでいます。
エスキモーは方言と文化の差異により分類されてはいるものの、多くのことは謎に包まれた少数民族です。
圧倒的に広大な空間において、その数はあまりにも少ないため、その人口密度はモンゴルにおける人口密度よりも希薄になります。
たとえばカナダのイヌイット居住地と自治区は、日本の国土のおよそ5倍の広さがありますが、そこに住むのはたったの3万人になるわけです。
多くの考えを持つ少数の人々が、それほど交流することもなく細々と生活してきたため、集団としての意思形成に興味が乏しくもあるのです。
そもそも、「部族」と呼ぶのは第三者が勝手にエスキモーに行っていることになります。
元来は20人以下の集団が専らなエスキモーたちからすれば、社会集団など存在してもいなかったため、同じような言葉を話す集団が我々の部族なのであるという価値観も、エスキモーにはなかったわけです。
現在では、悪意を込めて侮蔑のために使わない場合と、そして当事者がそれを拒まなければ、エスキモーと呼んで問題がない、という結論を採用している機関もあります。
エスキモーの暮らし
エスキモーの暮らしは過酷な自然との戦い
エスキモーの伝統的なライフスタイルは、狩猟採集となります。
その食料の供給源は海洋性ほ乳類、あるいはカリブーと呼ばれる大型のシカなどです。
農業を行うことが、ほぼ不可能な寒冷地での暮らしであるため、農業は行わないのです。
エスキモーの生活様式は大きく分けて3パターン
海獣狩猟が専らな集団
海または海岸において、クジラ、アザラシ、セイウチなどを狩る、海岸での狩猟に特化した集団もいます。
彼らは狩猟対象を追いかけなくてはならないため、移動距離が多く、定住する者は少ないのです。
カリブー狩猟や川での鮭などを狩猟する集団
内陸での狩りを行う集団になります。
上記二つの混合型の集団
海でも内陸でも狩りをする集団がいます。
エスキモーたちの暮らしは、それぞれの文化に従うというよりも、今いる環境に合わせて選択されることが多いのです。
エスキモーは狩猟技術を高度に進化させている
エスキモーの少数民族としての特徴は、そのハンターとしての技術力の高さです。
クジラを狩り、セイウチを狩り、カリブーも狩ります。
大型のほ乳類を少数の集団で狩り取るためには、さまざまな種類の道具、技術が必要となってくるのですが、エスキモーはそれらを有しているのです。
移動能力としての船、雪上氷上を移動することが可能な犬ぞり、雪原を歩くためのスノーシューズに、毛皮で作られた防寒着、クジラの体力を奪うために使う銛(もり)とくくりつけるための浮き袋などがあります。
また雪しかない場所でも、イグルー(かまくら式の住居)などを建てる技術もあるため、北極圏での広範囲の移動、防寒対策、高度な狩猟装備の開発など、少数民族には稀有なレベルでの狩猟技術の進化があるわけです。
これもエスキモーの特徴と言えるものになります。
エスキモーの社会形成は発達していない
高度な技術を発達している一方で、社会形成は貧弱であることも特徴になります。
インディアンの影響を受けたと考えられている、アラスカのエスキモーを除いては、高度な社会形成を行っている様子はないのです。
男は狩り、女子供は料理や家事であり、基本的に戦士や貴族や王族や奴隷などという階層的な地位の区別は存在していないのです。
リーダーはリーダーシップを発揮している人物がいつの間にか行うことになり、権力の世襲も存在しないのです。
法律もなく、犯罪者には被害者およびその家族の復讐により決着がつくことになります。
客人をもてなすために、自分の妻を提供し、また相手の妻を自分に提供することを求めるという特殊な価値観も持っているのです。
結婚に対して消極的であり、現在では離婚も多くあります。
エスキモーの「間引き」のならわし
過酷な環境であるため、私財を多く保有することもなく、ハンターの狩った大きな獲物はハンターの所有にはならず、集団内で分けることになります。
平等に基づいた方式とも感じますが、エスキモーの暮らしは過酷なため、集団を維持するために、昔の日本の農村部のようにエスキモーにおいても、口減らしが行われていたのです。
生まれたばかりの女児は間引き(まびき)の対象にしばしばなってしまいます。
女はハンターにはなれないため、集団に獲物を供給することがないという判断からです。
基本的に集団の維持形成のためには不利に働くと考えられるため、女児が積極的に間引きの対象となり、その結果、エスキモーの男女の比率は、大きく男が多い形に行き着いたのです。
また集団への負担となることから、双子なども積極的に間引きの対象となります。
日本と同じく姥捨て(うばすて)も行っており、障がい者に対しても間引きは積極的です。
女性の地位が低いというよりも、基本的にサバイバル重視の狩人集団であるのがエスキモーになるのです。
エスキモーの宗教
エスキモーの伝統的な宗教
エスキモーの伝統的な宗教は、シャーマンを中心として儀式などを行うシャーマニズムおよび、精霊・自然崇拝であるアニミズムとされています。
カラスやカモメなどの鳥類や、犬や海洋性ほ乳類、あるいは人魚のような存在を神話に残しています。
「イヌア」という物質や生命の根源のような価値観をエスキモーのアミニズムは有しており、これは生物や植物だけでなく、鉱物などの無生物、さらには食事や睡眠などの「行為」にさえも宿っていると考えられているのです。
狩猟にも「イヌア」があるため、ハンターは「イヌア」を意識した行いや禁忌に行動が制限される場合もあります。
タブーを破れば、世界から獲物となる獣たちが消えてしまうため、狩人は禁忌を破ってはならないのです。
行為そのものに、理想とする本質が宿っているという考えが、エスキモーの伝統的な世界観になります。
正しい儀礼に沿えば獲物と出会えることがあり、正しくない手順で狩りを行うことは災いを呼ぶのです。
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エスキモーの神話「セドナ」
セドナという女神が有名です。
セドナは父親にバラバラに切り殺されたあげく、海に捨てられ、海底に住むようになった存在です。
集団により、それぞれの神話にはバリエーションがあり、同一の神話はないものの、セドナは海の底に住む女神では共通です。
父親が彼女をバラバラにして海に捨てたとき、エスキモーの主要な獲物である海獣たちが彼女の関節からは生まれています。
獲物を創造した存在ですが、それゆえにハンターたちが狩りの「イヌア」を守らずタブーを犯せば、セドナの怒りに触れて、獲物がいなくなるのです。
過去と未来、常人には見えないものと接触することが可能な「アンガコク」と呼ばれるシャーマンたちは、猟が上手く行かないときは、海中に行き、セドナに許しを請うこともあります。
エスキモーの現代の宗教はキリスト教
エスキモーの宗教には、もはやシャーマンはいなくなっているのです。
現代では、大半のエスキモーがキリスト教となっています。
カナダからの宣教師たちは、カトリックのイギリス国教会系がかつては主だったのですが、いつしか福音派なども含めて、今では多くの宗派がエスキモーの内部に浸透しているのです。
また、近年ではキリスト教だけでなく、イスラム教徒も増えています。
エスキモーは家族内でも宗派が異なる場合も多く、それが元で対立を生むこともあります。
エスキモーの遺伝的な特徴
エスキモーは肉食だが脳梗塞が少ない
エスキモーは伝統的に出血傾向が高い遺伝子を持っています。
この遺伝子は、血小板機能の脆弱さに由来し、「血が固まりにくい」という生理学的な特徴から発生しているのです。
負傷したさいに、大量の血が流れ出やすいというリスクを持っている一方、血栓などが生じにくいという利点もあります。
血が固まって出来るのが血栓という栓であり、これが脳や心臓の主要な血管を塞ぐと、脳梗塞や心筋梗塞などという致命的な症状に至るのです。
しかし、エスキモーは血小板機能の脆弱さがあるため、血栓の発生がしにくく、油と肉を多く食べていても、欧米地域の人種に比べて、脳梗塞・心筋梗塞のリスクが少ないわけです。
炭水化物の摂取によっても、脂肪の内容は変わるため(家畜はその理由から飼料の炭水化物の量や質をコントールします)、かつてのエスキモーの食生活では、悪玉コレステロールが少なかったものです。
ですが、現在ではカナダやアメリカからの食文化の流入により、肥満、高血圧、脳卒中、心臓病にかかるエスキモーも増加しています。
エスキモーはビタミンA過剰症に適応した
極地の生物には、肝臓に多量のビタミンAが含まれており、それを食べると一般的な人間では中毒を起こし、場合によれば死亡します。
しかし、エスキモーの遺伝子は、ビタミンA過剰症という致死の症状を克服しているのです。
エスキモーはインディアンとは異なる先祖を持つ
エスキモーとインディアンの遺伝子は、モンゴロイドという部分でこそ同じですが、それ以外の遺伝子に関連はないのです。
つまり、別の土地から別のタイミングで、エスキモーの先祖と、インディアンの先祖は北米に渡ったと考えられています。
しかし、エスキモーの埋葬は凍りついた地面に対して行われたため、墓の深さは浅く、遺伝子を採取するには向かない遺体も数多いのです。
遺伝子学的な考古学のペースは、あまりハイスピードでは行えない可能性があります。
まとめ
- エスキモーとイヌイットの違いはややこしい
- エスキモーの人々にそもそも部族意識はない
- エスキモーは狩猟技術に高度な特化をしている
- エスキモーの遺伝子は極地対応している
- エスキモーの本来の宗教観はアニミズム&シャーマニズム
- エスキモーは今ではクリスチャンでシャーマンは皆無
エスキモーは少数集団で広大な土地に暮らす、生粋のハンターです。
部族意識でくくりつけることに適した存在ではないのです。
一方、これほど北極圏に適応したハンターは、類を見ない存在になります。
特別な世界観も有した文化ですが、狩猟採集民特有のリスクである、環境の変化への脆弱さを持っているものです。
シャーマンも絶え、かつての世界観も滅び去る日は遠くないことになります。
希少で特殊な文化ですが、それゆえに継承もまた困難なものです。
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