ヒンバ族とは?結婚や女性の髪、お風呂の問題、歴史など解説

人類発祥の地であるアフリカには多くの民族が存在します。

その中でも「世界一美しい民族」とも呼ばれるのがヒンバ族です。

ナミビアに住む少数民族である彼らは独自の文化を多く持ち、古くからの暮らしを継承しています。

今回はヒンバ族の文化をご紹介していきます。

ヒンバ族の歴史と文化

ヒンバ族の始まり

赤い部分がナミビアのクネネ州(カオコランド)(出典:wikipedia)

ヒンバ族の民族としての歴史は古いものではないのです。

16世紀にヒンバ族はその祖となる集団であるヘレロ族から分かれています。

干ばつと敵対するナミ族に襲われたことで、ヘレロ族の主流派はナミビア中心部へと移動し、一部は北西部のクネネ州(旧カオコランド)にとどまることを選んだのです。

カオコランド(ヘレロ語では「遠隔地」や「辺境」)に残った人々がヒンバ族となり、ヘレロ族から分かれて独自の文化を築き上げて行くことになります。

そういった経緯から、ヒンバ族はヘレロ語を使う少数民族になるのです。

元を辿れば、ヘレロ族に由来する民族だからです。

ヒンバ族はナミビア北西部のクネネ州にいる

ヒンバ族はナミビア北西部のクネネ州に分布している民族であり、その人口は2万~5万とも言われています(下限を3万人とする報告も増えつつあるため人口が増加しているか、社会参加する人々が増えています)。

ヒンバ族は伝統的には半遊牧民としての生活を行っています。

彼らの居住環境であるカオコランドは不毛の土地であり水源も乏しい乾燥した地域なのです。

この土地では遊牧生活をすることでしか家畜(牛やヤギや犬)を養うことが出来ないのです。

アフリカの多くの部族と同じように、ヒンバ族の主要な財産は牛となります。

ヒンバ族は牛を財産として保有し育み、ときにこれを貨幣のように使うことにより必要な物資を手に入れています。

遊牧と物々交換、狩猟と自然界からの採集こそが伝統的なヒンバ族の生業です。

ヒンバ族の食文化

お粥を作るヒンバ族の女性(出典:Pinterest)

ヒンバ族の食文化はトウモロコシ(メイズ)の粉をお粥にしたものになります。

または、トウモロコシに似た形をもつ稲科の植物であるトウジンビエの粉である「マハング」のお粥を作ります。

トウジンビエは降雨の少ない乾燥地帯での栽培に適した植物であり、高温多湿の日本では収穫されることはないものですが、世界的には雑穀栽培の50%を占めた植物です。

サハラ砂漠以南のアフリカでその栽培が盛んに行われています(トウジンビエは中国において貨幣の単位である「両」の重さを決めるときにも使用されています)。

ヒンバ族は多くの家畜を持っていますが、牛を始め家畜の肉を常食することはないのです(ちなみにナミビア料理そのものは肉料理が主体なのに比べると文化的な差異となります)。

しかし特別な儀式や冠婚葬祭といったイベント時には家畜の肉を食べることがありますが、おおむねヤギの肉が多いとされています。

ヒンバ族の結婚

エコリを被った女性(出典:Pinterest)

基本的に多くのアフリカの民族と同じく、ヒンバ族においても女性=花嫁と家畜は父親の財産として取引されています。

ヒンバ族は一夫多妻であり、平均すれば一人の男が二人の妻を娶っている状態です。裕福な男はより複数の妻と数十人規模の子供を持つことになります。

ヒンバ族の婚姻は10才からも行われ、婚姻を決めるのは花嫁の父親と花婿の父親です。

花嫁を得るためには牛などを中心に対価となる家畜を花嫁の父親に支払う必要があり、十分な対価を支払えばトレードは成立します。

結婚したのが10才以下の少女であり妊娠が不可能とされる場合は頭上の冠は「エコリ(未婚少女の象徴)のままですが、結婚後1年を超えると「エレンベ(結婚した女性/結婚後1年経過した女性/子供を出産・妊娠したことのある女性を象徴する冠)」をかぶることもあります。

ヒンバ族の歴史(16世紀〜現在)

【年表】ヒンバ族の歴史
  • 16世紀頃:ヘレロ族と分かれてカオコランドに残留したことで民族が枝分かれする。
  • 19世紀半ば:ナマ族との対立が激化、ヒンバ族は攻撃を受けて家畜の群れを奪われる。カオコランドからアンゴラへと徹底することを余儀なくされる。
  • 19世紀:群れを失った彼らはアンゴラの人々から「ヒンバ(物乞い)」の意味をつけられ、それ以後はヒンバ族と呼ばれるようになる。

    ヒンバ族はポルトガルの植民地経済に統合され、ヒンバ族はレンジャーやハンターとして雇用される。一部は船員にも採用された。ヒンバ族はアフリカの諸民族がポルトガルに起こしていた戦争に対して、傭兵として参加する。

    ポルトガルの植民地経済から得た報酬を使うことで、ヒンバ族は牛を始めとした家畜を買い戻すことに成功して放牧生活への復帰の足がかりとする。
  • 20世紀初頭:ドイツの植民地支配により、ドイツとの衝突が激化する。
  • 1904年:ドイツ軍人ロタール・フォン・トロータにより南西アフリカ民族への大量虐殺が行われ、ヒンバ族も人口の8割~9割を失う。他の民族たちと共に、カオコランドからアンゴラへと逃げ延びる(ドイツに対しての個人的な賠償を現在も請求中である)。
  • 20世紀:ヘレロ族の戦争指導者ビタに率いられ、カオコランドへと帰還。ドイツ撤退後は南アフリカがナミビアを支配する。

    南アフリカ政府の白人牧場保護政策の一環として、牛などの家畜の移動が禁止される=放牧および家畜の物品へのトレード禁止=ヒンバ族のライフスタイルにとっては致命的。ヒンバ族は南アフリカ周辺から離れる。
  • 1970年頃:ヒンバ族の最盛期。13万頭以上の牛や数巡万のヤギやヒツジを所有。
  • 1980年代:カオコランドは深刻な干ばつに襲われ、家畜の9割を失う。第一次世界大戦期に発足していたナミビアの独立運動組織「南西アフリカ人民機構/SWAPO」および「アンゴラ解放人民運動」と「キューバ軍」の連合軍と、南アフリカ軍との紛争が激化し、ヒンバ族は家畜の群れを再び失う。
  • 1990年:ナミビア独立
  • 1990年代:ダム建設などで牧草地が脅かされる。観光客増加によって伝統的な生活が破壊される。ナミビア、アンゴラ政府の方針による近代化を選ぶ者も増えていく。主要な外貨獲得産業の担い手として狩猟客・観光客用・自然保護のためのレンジャーやハンターが増える。
  • 現在:一部を除いて伝統的な遊牧スタイルは廃れつつある。旅行者相手のサービス業の増加し、家畜を追いかけるのではなく外国人旅行者を追いかける場合も多い。比較的、主要な町の近郊にキャンプを用いるようになっており、学校に通う子供も増えている。

ヒンバ族の特徴的な見た目

「オンダト」と呼ばれる髪型を持つヒンバ族の未婚青年(出典:Pinterest)

ヒンバ族は独特なヘアースタイルを持つ民族

ヒンバ族は独特なヘアースタイルを持っています。

ヒンバ族の男性の髪型
  • ヒンバ族の少年~青年期:オンダトと呼ばれるヘアースタイルをしています。頭頂部の髪以外を剃り、残った髪を一つにまとめています。見た目は中国の辮髪に似ている。
  • ヒンバ族の成人男性:オゾンダトと呼ばれるヘアースタイルになります。これはそり残した髪を二つにまとめたものになります。なお少年であっても結婚した場合はオゾンダトをするようになります。

ヒンバ族の男性の髪型はおおよそ婚姻の状況を表現するものです。

しかし、ヒンバ族の髪型が特徴的なのは女性の方になります。

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ヒンバ族の女性の髪と肌に塗る赤いクリーム

ヒンバ族の女性は赤いオーカを塗る(出典:Busy.org)

ヒンバ族は酸化鉄を含有した黄土と牛の資質、香りのある植物などを混ぜることで独特なクリーム(オーカ)を作ります。

このオーカは赤茶色もしくは黄土色であり、黒い肌や髪の色と混ざると赤く見えるようになるのです。

なおオーカを落とすことはなく、常に塗り続けていくことで黄土内の鉄が酸化していくため赤さが増していきます。

ヒンバ族の女性はこのオーカを髪と肌に塗り込むことで、独特の赤い髪と肌を作り上げています。

土で塗り固められた髪は太さのある赤みがかったドレッドヘアーとなり、肌は赤く見えます。

この赤い色は大地の色である赤と、生命の象徴である血を表しているとも考えられています。

とはいえ基本的な認識としてはヒンバ族女性の一般的な化粧であり、美しさを求めて髪と肌を塗り固めていくもので、審美眼に基づいた行動です。

ヒンバ族の女性が髪と肌にオーカを使う他の理由

美しさ以外にもオーカを使う理由があると考えられています。

ひとつは男性と女性の区別です。

ヒンバ族でオーカを使って髪や肌を赤くするのは女性だけであり、男女の区別をつけるための行動だとする研究もあります。

紫外線から肌を守るためでもあるという説もあるのです。

他にも虫刺されを予防する効果、若干の除毛効果があり無駄毛を防止しているのではないかという説もあります。

ヒンバ族の女性はお風呂に入らない

伝統的なヒンバ族の女性は一生涯お風呂に入ることがありません。

お風呂に入らない理由は彼女たちの居住地は乾燥地帯であるため、水がとても貴重なものとされているからだという説があります。

結果として、ヒンバ族の女性の髪と肌からは酸化鉄を含んだ特別製のクリームが落ちることが少ないため、その髪と肌の赤さは保存されることになるのです。

体臭予防のために煙浴(えんよく)と灰を使う

煙浴で体臭予防を行う(出典:Pinterest)

ヒンバ族の女性は焼くと香りのでる植物などを用いて、体臭の臭い消しに使っています。

閉鎖性のある屋内でその香りのついた煙を充満させながら、煙を体のあちこちに塗り込んでいきます。

毛布などに身をくるみ全身を煙で燻(いぶ)すこともあるのです。

また洗髪のさいにはそれらの香草・香木の灰を用いることもあります。

ヒンバ族の女性の服やアクセサリー

ヒンバ族の女性たち(出典:Lopolics)

土で固めて色づけした髪と肌以外にもヒンバ族の女性には独特の外見的な要素があります。

ヒンバ族の女性の外見
  • 頭上の「エコリ」:思春期に入った少女はエコリの祭りというイベントを経て牛やヤギの革で作られた冠をかぶるようになる。牛の角をモチーフとしているともされ、母体となった部族であるヘレロ族との文化的なつながりも想像させるものの一つ。
  • 「エレンベ」:成人して結婚するか子供であっても結婚して出産する、もしくは1年以上の婚姻生活を送るなどの条件を経ると、「エレンベ」と呼ばれる冠に変わる。それ以後は何らかの儀式の際でなければ「エコリ」はかぶらない。儀式や年齢状況、集団の文化的方針により変わる。
  • 革のスカート:上半身が裸の女性も多く、牛などの家畜の皮革でつくられたスカートを腰巻きのように使う。
  • アクセサリー:銀行という文化がないため財産は装身具にされる。そのため豪華なアクセサリーを持つ。宝石、貴金属、ビーズなどがある。

    アクセサリーには「寡婦/未亡人として喪に服していることを示す」ものや「妊娠中」、ビーズの組み方による「出産した子供の人数」など、当人の人生の状態やステータスを一目で理解させる効果もある。

    装身具の重量は重く、総重量で40㎏近くに達する場合もある。

なおヒンバ族の男性は比較的、動きやすいを好みTシャツやジーンズなども積極的に採用している。

ヒンバ族の宗教観

ヒンバ族はアニミズムを信仰しています。

ヒンバ族の先祖の霊魂と、創造神であるムクルを崇拝しています。

聖なる火を通してムクルと交信することが可能とされており、村長などが真に主要な祭火に触れられるともされ、真に聖別された空間には村のメンバー以外が侵入することを拒むとされています。

この聖なる火からの煙がムクルに対してのメッセージを送ると信じられています。

なお各家庭にも先祖から伝わる火「オクルウォ」があり、「ファイアキーパー」と呼ばれる者がこの火の管理して、火が消えないように薪を与え続けています。

ムクルは世界の最も遠いところに存在する最高神であり多忙な存在であるため、先祖が神の代表として機能すると考えられています。

ムクルは寛容な善神とされる一方で、祖先の霊たちは悪しき災いを招くこともあるとされる存在なのです。

呪術師シャーマンなどの存在が、悪霊や悪しき精霊たちとの交渉にあたる存在されています。

他のアフリカの地域と同じように呪術の存在はヒンバ族の文化のなかでも大きな力を振るう存在となっています。

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まとめ

  • ヒンバ族の歴史は苦難の歴史
  • ヒンバ族は少数民族で2~5万人(もしくは3万~5万人)
  • ヒンバ族はムクルと聖なる火を崇拝するアニミズムの実践者
  • ヒンバ族の女性はお風呂に入らない
  • ヒンバ族の女性は髪や肌を酸化鉄を含んだ黄土で赤くする
  • ヒンバ族は婚姻や年齢、社会的な状況などを反映したファッションを選択している

歴史的な受難も多いヒンバ族は、現在もその伝統文化の喪失の危機にあります。

伝統文化を守ることと近代化を目指すことは相反する部分もあり、ヒンバ族を保護するナミビア・アンゴラ政府にとっても政策の方針に迷ってしまうテーマになのです。

環境・文化を保護するための資金のドナー国は日本を含む先進国であるため、近代化すればその魅力的な外貨を両国の政府が受け取れなくなるリスクもあるのです。

ヒンバ族の文化も10年単位で喪失されていくと懸念されているため、ヒンバ族の文化や伝統を体験したい方は早めのアフリカ旅行をおすすめします。

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