儒教とは?教えや特徴、思想家、日中韓への影響など解説

中国は古くから文明を築いてきた大国であり、日本を含む近隣国家に多大な影響を与えてきました。

技術的、政治的、経済的な関わりだけでなく、思想の形成についても古代から中国は東アジアに影響を発揮しています。

東アジア全域に多大な影響を与えた考え方に、「儒教(じゅきょう)」というものがあるのです。

今回は中国を起源にして東アジアの思想の形成に大きな貢献をした宗教、儒教についてご紹介していきます。

儒教の始まりと教え

儒教の誕生:孔子

儒教は古代中国の思想家である孔子(こうし)によってまとめ上げられたものです。

孔子の時代は王朝が滅びてしまったあとに訪れた混沌の時代であり、孔子は当時そこら中にいた無数の思想家や政治勢力が入り乱れる時代に対して、自分なりの答えを用意します。

中国古来からの価値観に基づいた、伝統的な宗教・思想を復古し、それを実践することが世の中にとって最良なのだと考えたのです。

孔子は預言者として神の声を聞いた人物でもなく、ゼロから教義を作り上げた人物でもありません。

古代の価値観を復活させて、乱れた世の中を導く手段としようとしたのです。

孔子の目指した価値観とは、「性善説」にもとづいた「家族」と「社会秩序」の充実になります。

神々に祈りを奉げて問題を解決するのではなく、「祖先」や親族などの血縁者の絆を大事にすることと、皇帝や貴族などの支配者層が「正しく生きる」ことで国家は理想的に運営することが可能なのだと主張したのです。

儒教は西欧などでは宗教が司っていた「倫理観=すべきことやしてはいけないことの判定」や「絶対的な正義=神聖さ」というものを、暮らしと政治という現実的な行いに与えたところが大きな特徴になります。

儒教は政治でもあり宗教でもある

神秘が支配しがちの古代国家で生まれた儒教ですが、頼ったのは神ではなく古代の王朝が実践していたとする「人間の本質的な正しさ」なのです。

儒教においては、人はそもそも正しさをもった動物であるため、正しく生きる努力をすればするほど、人が作りあげる社会は結果的により良くなると考えます。

その「正しさ」を磨くための方法や、現実の社会に実践するための方法などを整備したり、研究したりするところが儒教の本質です。

一族の結束を大切にする儒教は「祖先崇拝」を尊び、一族の結束を過去にさかのぼってまでも大切にするようになります。

葬式や先祖の供養などの礼儀作法なども儒教が用意した、より「正しい」行動方針なのです。

儒教は死後の楽園も目指してはいません。

家族と社会という個人にとっては生きている上で最も大切なつながりを、「家族や一族の連帯」や「正しい統治方法」で、より良いものにするのが目的になります。

現実的な社会や個人生活の改善方法を、儒教は追求しているものです。

葬式などの宗教的な儀礼もその一環に含まれ、支配者の政治的な考え方を磨き上げることも儒教であり、日々を暮らしていくための礼儀作法をも提供する、幅広い宗教になります。

儒教は宗教であり政治学であり道徳であり倫理

儒教は複雑というよりも、多面性をもった思想であり、日々の暮らしのどこにでも影響を与えています。

ヨーロッパでは似たような価値観としてキリスト教があるかもしれません。

キリスト教では「神聖なる神の教え」に従い、聖書に基づいた倫理を尊び、儀式を行い社会を運営していましたが、儒教は「神聖なる人間の本性」を追求することで、世の中は正しく回ると考えたのです。

自分自身や世の中すべてをより良い方向に導く「神聖さ」の由来を、神ではなく「人間の本質」に求めた宗教とも言えますし、神さま不在のところから学問めいた部分が強調されても見える思想でもあります。

儒教が重視する価値観

儒教は「家族」と「社会」の理想的な調和を求めている宗教であり政治学ですが、主に五つの象徴的な価値観があります。

儒教が重視する価値観
  • (じん):他人をいたわるやさしさを得ることです。
  • (ぎ):秩序に則った平静を目指すことになります。
  • (しん):誠実さを身につけて実践することです。
  • (ちゅう):古くは誰に対しても誠実さをもつことでしたが、後世は君主への忠誠のことです。
  • (こう):親孝行。親族や一族に対しての制度的な奉仕になります。

そのほかにも年長者を敬う「悌(てい)」、夫に対して貞節であることの「貞(てい)」などがあるのです。

日本人の伝統的な価値観にも似ていなくもないもので、それらは日本人が作ったものではなく、儒教の影響が日本にも及んでいることの証拠の一つになります。

儒教の影響がより強い中国や韓国では親孝行や先祖への崇拝が、義務づけられるレベルであり、より強固なものとなっているのです。

儒教の「天」と「礼」

先祖への崇拝は「天(てい)と呼ばれる概念めいた「神聖さ」と結び付けられています。

「天」は神さまではなく、神さまたちや偉大な先祖がいるような高度に完成された死後の世界=システムそのものへの礼拝です。

神さまではなく「仕組み」そのものへの賛美であるため、宗教要素を見つけられるかは人の価値観によりけりとなります。

儒教に明確な主神はいません、「システムとしての神聖さ」を讃え、それを敬い模倣することで、自分もより高度なシステムの実践者になろうという宗教です。

そのため古代の皇帝たちは祖先を讃え、神話上とも呼べるほどに古い、理想の古代の王者たちを祀っています。

理想のシステムの実践者、および儒教的に尊敬を示すべき対象である先祖を、全力で祀ることで「支配者としての神聖さ」を主張する行いだったからです。

古代の先駆者を讃えることで政治的な力を得ることは、世界各地の王が行ってきているため理解しやすいかもしれません。

なお、儒教には「礼(れい)」という実践すべきマナーがあり、これも一種の戒律として機能することで政治的な力をも持つようになります。

皇帝でさえ儒教的な儀式の囚われであるため(古代の皇帝をきちんと祀れなければ支配者として失格)、儀式の正しさを司る「礼=マナー」に詳しい役人や宦官(かんがん)などが力を持つことにもなったからです。

儒教とは庶民的な親孝行から、皇帝が行う政治にさえも影響を与えている、幅広い宗教であり政治学になります。

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儒教の主な思想家たち

儒教は宗教であり政治学であり、紀元前~現代まで東アジアの国々に影響を与えつづけています。

その時間の経過はあまりにも長いため、一種の宗教改革が何度も行われていったのです。

1.孔子(こうし)

儒教の開祖であり、古代の価値観を礼賛して実践しようと整備した人物になります。

2.孟子(もうし)

「性善説(せいぜんせつ)を説き、道徳的な正しさを追求することで理想的な国家支配ができる王となるのだと主張したことで、各国の王が目指すスタイルに軍事的な覇王以外に、徳を極めた善良な王という形が示されたのです。

3.荀子(じゅんし)

「性悪説(せいあくせつ)を説き、人は野蛮で無知な獣からスタートするものの、儒教を学べばいくらでも正しい存在に改善されるので儒教を学ぼうと推奨します。

4.朱子(しゅし)

孔子・孟子などの古典に回帰しながら、複数の宗派に分かれていた儒教をまとめ上げ、「性善説」を支持して「性即理説(せいそくりせつ)」を作り、儒教の理想像を明確化し、より強固な宗教・政治学体系に儒教を改革したのです。

時代や国によって求められる価値観が変わったり(支配民族が変われば文化や価値観も変わります)、仏教や道教などとの競争も加わったことで世の中の理想は変化して、それを求める儒教もまた変化していきます。

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日中韓における儒教の違い

中国の儒教

儒教の発祥の地である中国でしたが、仙人(せんにん/修行して神のような力を得た不老不死の人々)などの思想をもつ道教や、インドから伝来した仏教も人気です。

儒教、道教、仏教が混在した宗教観が作り上げられていきます。

王のあるべき姿をも主張する儒教は、一種の帝王学的な要素もあるため儒教はやがて役人たちの採用試験である「科挙(かきょ)」などを作り上げることになったのです。

儒教の学問における実力主義の試験が採用され、儒教は宗教や道徳だけでなく帝国の官僚機構を司る学問として採用されていきます。

しかし、道教と仏教も人気があったため、儒教だけが支配的だったわけではないのも特徴です。

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韓国の儒教

韓国では新しい儒教である朱子学が一種の国教として採用されて、仏教など他の宗教は弾圧されることなります。

科挙制度親孝行などの儒教にもとづく思想はより強化されて、発祥の地である中国よりも儒教的な王国が築き上げられていくことになったのです。

今でも親孝行に対する評価が高く、高度な学歴社会であることも儒教の影響になります。

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日本の儒教

日本書紀によれば6世紀ごろに日本にも伝わり、古代では海外の学問や宗教として一部の仏教僧などが学ぶようになったのです。

しかし日本では科挙などの制度が生まれなかったように、古代における儒教の政治的な影響力は強くはありません。

仏教国であったこととも関係があるのかもしれませんが、日本においては儒教の「支配者に都合がいい考え方」という政治学的な要素や、一般的な道徳としてのスタイルが推奨されるようになります。

儒教の学問的(倫理学や政治学)な部分のみが重視されるようになり、儒学(じゅがく)とも呼ばれたのです。

江戸時代末の倒幕運動や、明治から昭和にかけての天皇への過剰な忠誠心の理論武装の学問としても、儒教は利用されることになります。

中国における儒教、道教、仏教の違い

中国における三大宗教は儒教、道教、仏教です。

これらには具体的にどういった特徴と違いがあったのでしょうか?

儒教

上記の通り、倫理・道徳、祖先崇拝、科挙による実力主義、政治学の根幹、儀礼を重視するなど、社会広範に影響を及ぼしています。

また孔子の時代から武術に対して否定的な側面があり(孔子は弓だけは好んだ)、「軍人に対する評価を下げる」という特徴を中国の帝国に与える結果を及ぼしてもいるのです。

道教

中国独自の宗教であり、中国独自の神々や仙人という神聖な崇拝の対象を与え、不老不死への憧れも与えます。

道教独自の地獄などを提供していき、中国文化のエッセンスの一つとして機能しているのです。

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仏教

を始め修行法を作り出します。

宗教らしい宗教であり、俗世に影響を与えようというよりも人々の死後の救済(輪廻からの解脱)などを説く一方で、大乗仏教などの社会貢献をしようと考えを支持する宗派も生まれることになるのです。

道教と同じく死後の地獄という懲罰的な概念を中国思想に与えていきます。

中国においては儒教、道教、仏教が混じり合うことで独自の宗教・政治体制が組みあがっていったのです。

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まとめ

  • 儒教は孔子が創始した
  • 儒教は古代の理想を実践しようとしたもの
  • 儒教は宗教であり政治学でもある
  • 儒教は「性善説」
  • 儒教は「家族」と「支配者」が実践すればより良い社会になると主張した
  • 儒教は孔子、孟子、荀子、朱子などの宗教改革者がいた
  • 中国と韓国では儒教が科挙を生み出した
  • 日本では儒教の影響は多々あるが絶対的な地位であったわけではなく、宗教要素は薄い
  • 祖先崇拝は儒教の影響
  • 仙人と長寿を目指して努力するのは道教の影響
  • 仏教と道教が中国に地獄の概念を与えた

儒教の個々の要素については、その影響下にもともとある日本人や東アジア人にとって理解しやすい考えが多いものです。

しかし宗教でもあり政治学でもあり、倫理や道徳の定義でもあり、さらには冠婚葬祭のマナーでさえもあるため、その全体像を把握することにややこしさがあります。

紀元前から伝わり、多くの宗教改革が加えられてもいるため、儒教を短い言葉で説明するのは難解です。

儒教は精神的なシステムとして、影響下にある人々の個人的な暮らしから社会そのものまで形作っている「神さま不在の巨大な宗教」、あるいは「聖なる秩序を目指したシステム」になっており、仕組みを崇拝しているわけです。

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