世界には汚染された土地が多くあり、ある統計によれば世界の6人に1人は公害で死亡しています。
環境を汚染しているものは数多くありますが、代表的かつ致死的な公害は鉱毒です。
ルーマニアのジャマナ(Geamana)村は開発と鉱毒の被害に遭った小さな村になります。
かつては美しかったとされる村も、今では「血の湖」とまで呼ばれる赤い汚水に浸かっているのです。
今回はルーマニアの汚染されたジャマナ村の惨状についてご紹介していきます。
目次
ジャマナ村の「血の湖」
ジャマナ村が汚染された理由
ジャマナ村の位置。赤い湖が下にあるのがわかる。
ジャマナ村の惨状が始まったのは一つの開発計画からになります。
ジャマナ村近郊にある鉱山にヨーロッパで二位の埋蔵量を誇る銅の鉱脈が見つかりました。
鉱山そのものは二十世紀の初頭からすでにあったものですが、この膨大な銅の鉱脈を発見したことでジャマナ村の運命は変わります。
1977年当時、銅の価格は高騰していたためルーマニア政府は鉱山の開発を積極的に行うことにしたのです。
独裁者ニコライ・チャウシェスクのせい?
銅鉱山の開発に尽力したのは、1977年当時のルーマニアの独裁者であったニコライ・チャウシェスクでした。
キャリアの終盤を除いては国民の人気も高かった独裁者チャウシェスクは、ルーマニアの国力増進を目指していたのです。
チャウシェスクが採用した方針は「国民の人口を増やす」ことと、「重工業を推進する」という明解な方法ではあります。
ルーマニアの国力を増やそうとしていたチャウシェスクでしたが、人工中絶などを禁止したことなどは母体への負担を考えれば現代では非難される政策です。
5人以上を産めば国から援助金などを贈るという法律でしたが、実際にはそれほど多産にはならず、平均で2~3人あたりの出生率でした。
ルーマニア経済が疲弊していく1989年に、チャウシェスクは革命により妻と共に公開銃殺刑で殺されてしまうことになります。
独裁者チャウシェスクの政策や方針がルーマニアに貢献した部分もあれば、ルーマニアにダメージを与えたものもあったのです。
良くも悪くも強力な独裁政権を率いるチャウシェスクは、1978年、ジャマナ村近郊の銅鉱山の開発を推し進めると同時に、ジャマナ村の住民の大半を立ち退きさせます。
チャウシェスクによるジャマナ村の立ち退き
チャウシェスクはジャマナ村の300~400の家族、およそ1000人をジャマナ村から移住させたのです。
2000ドルの補償金と新しい土地が住民たちに与えられました。
ジャマナ村から住民を立ち退きさせた理由は、ジャマナ村に汚染水をため込むという計画ゆえのことです。
銅鉱山の採掘にはどうしても鉱毒を発生させるリスクがあります。
丁寧な処理施設を作り、徹底的な汚染対策をすればいくらかマシになりますが、まず環境の汚染は避けられないのです。
世界中の銅山とその周辺で鉱毒による被害者が生まれています。
ジャマナ村の住民は鉱毒から逃れるために退去させられ、銅鉱山は本格的に稼働したのです。
ジャマナ村が「血の湖」に沈む
銅鉱山では銅を含む鉱物を化学薬品を用いることで溶解して泡立てます。
銅を含んだその泡を回収して、銅を採取しているのです。
この作業過程では大量の化学薬品が混ざった溶液が発生し、これを完全に無害なものに処理することは困難になります。
作業効率と利益を優先した場合は、それらを自然環境に未処理のまま放流することが最適の行為です。
もちろん、そうすれば自然環境へのダメージは大きなものになりますが、工業化と国力増進を目指すチャウシェスク政権にとっては、環境よりも経済の方が重要でした。
こうして大量の工業汚染水が発生することになりますが、ルーマニア中にその汚染を広めることはありません。
ジャマナ村を含むエリアをダムで区切り、ゆっくりと汚染水をそのダム内に溜め込んでいったのです。
蓄積していった汚染水は、長い年月をかけてジャマナ村の大半を飲み込んでいきます。
銅を含む酸性の鉱山汚染水は、気温によれば赤く染まるため、現在のジャマナ村はまるで「赤い湖」に沈んでいるように見えるのです。
現在のジャマナ村
20人の村人はジャマナ村の高台に残っていた
ジャマナ村には現在も住民が住んでいます。
彼らは約20人のグループであり、赤い汚染水に沈んだジャマナ村の高台に住居をかまえて暮らしているのです。
ジャマナ村の働き手たちの勤め先は、もちろんヨーロッパ二位の採掘量を誇る巨大な銅鉱山になります。
銅鉱山は莫大な利益を上げ続けてきた優良企業ではあり、住民グループの重要な雇用先です。
そのため鉱山会社と住民グループのあいだには激しい憎悪の感情があるといったほどではない状況になります。
ジャマナ村グループ側の不満
雇用先である一方で、ジャマナ村グループは鉱山会社に全くの不満を持っていないわけではありません。
彼らの不満には墓地を移すという約束を鉱山会社が守っていない点があります。
30年以上前にチャウシェスクは公開処刑されて政治体制も変わりましたが、鉱山会社は民間企業だったこともありましたが、現在は国営企業です。
そのため、企業としてもルーマニア政府としても、住民との約束を守る義務はあります。
しかし、すでに墓地は汚染水の下に埋まっているためか、鉱山会社は墓地を移すことを実行していないままです。
鉱山会社の行動
鉱山会社は墓地の移すことを約束する一方で、長年その問題に着手することはしませんでした。
やがて、ヨーロッパの環境保護団体などがジャマナ村という面白い素材を見つけます。
彼らは環境破壊の象徴としてジャマナ村を宣伝するようになり、各国のメディアもその題材に飛びつき始めたのです。
有名なルーマニアの独裁者チャウシェスクと、悲劇的な環境破壊に見舞われたジャマナ村のセットは、人々の好奇心をくすぐります。
環境保護団体とメディアに惨状を宣伝されたため、新たな鉱脈を拓こうとしていた鉱山会社は営業に制約が生まれていくことになったのです。
そのため鉱山会社の所有地でもあるジャマナ村の撮影を禁止するなどの手法を用いて、鉱山会社への営業妨害でもある環境保護活動を抑止しようとします。
また、象徴的に扱われていた「血の湖」に沈んでいく教会を破壊しようとしましたが、従業員でもあるジャマナ村グループに抵抗されたことであきらめたのです。
どちらも鉱山会社のイメージを悪化させることにつながったのか、鉱山会社はしばらくのあいだ営業を停止することになります。
ジャマナ村の今後
ジャマナ村は開発を優先した結果に訪れる環境破壊のシンボルの一つになりつつあります。
鉱山会社は開発を再開することになるかもしれませんが、ルーマニアの国民からのイメージはあまり良くない状況です。
銅や希少な鉱石類を掘り出せる鉱山を放置し続けることは、経済的にはルーマニアのマイナスかもしれませんが、環境保護としてはメリットがあります。
ジャマナ村は鉱山開発において環境破壊は避けて通れない道であることを教えてくれているのです。
ジャマナ村の健康被害
銅鉱山は鉱毒がすさまじい
銅鉱山であるため半永久的に鉱毒を垂れ流すことになります。
これは日本各地にある現在では全て閉山された銅鉱山でも同じことであり、日本では銅鉱山から流れてくる排水の浄化を常に続けている状況です。
銅は鉱石になっている状態では、ヒ素・カドミウム・硫酸などが含まれています。
銅そのものも毒性がありますが、他の成分も有害です。
精製時に発生したシアン化合物も銅鉱山からの排水には含まれ、これはとても臭いものになります。
全ての銅鉱山から例外なくこれらの物質は出て来るため、先進国では環境対策が負担として重くのしかかるからこそ、銅の採掘を後進国に押しつけて閉山しているのです。
ジャマナ村の「血の湖」も悲惨
ほとんど未処理の方式で垂れ流された銅鉱山からの排水が、ジャマナ村にたまることで「血の湖」を作っています。
この「血の湖」も当然ながら有毒かつ強酸性です。
銅は取り過ぎれば肝臓にたまり過ぎて内臓を障害し、ヒ素は生物を殺す毒として有名であり、カドミウムは発がん性があり、硫酸は濃度次第ですが触れるだけで皮膚を融解します。
なお、シアン化合物とは推理ドラマなどで毒殺に使われる青酸カリの仲間です。
これら重金属の鉱毒たちがブレンドされているため、「血の湖」の水を飲むことは絶対に避けた方が良さそうに思えます。
なお開発された銅山は雨が降るだけでも鉱石内の銅が酸化して鉱毒が雨水に溶けて流れ出しつづけることになるのです。
そのため銅鉱山の開発をストップしたとしても、自然に鉱毒は山から流れることになり、それはダムでせき止めているジャマナ村にたまりつづけていきます。
基本的に鉱毒をため続けるという現状以上に有効な解決策は存在しないのです。
ジャマナ村の健康被害の発生率は不明?
ジャマナ村には20人しか住んでいないため、どれだけの健康被害が発生しているのかを疫学的に証明することは難しそうです。
また住民たちが鉱山会社に雇用されていることもあり、鉱山会社も積極的に企業にマイナスな情報を公開してはいない状況になります。
日本で有名な足尾銅山鉱毒事件においても、鉱毒自体による健康被害を科学的に分析した結論が出ているとは言い難いのが現状なのです(農作物の不作は起こし、低栄養による死者は頻出した)。
じつは銅は毒性もある一方で、必須なミネラルでもあり、ヒ素は少量であれば身体に有用な物質でもあります。
鉱毒の溶けた水を直接飲むなどの暴挙を行えばかなりの健康被害を起こしそうですが、鉱毒の健康被害を推し量る行為は難しいものなのです。
まとめ
- ジャマナ村は銅鉱山の工業廃水に沈んだ村だが今も20人ほど住んでいる
- 銅鉱山の開発を指揮したのはルーマニアの独裁者チャウシェスク
- 住民は立ち退き2000ドルと新しい土地を得たが墓地は移されなかった
- 銅山の鉱毒は一度開発してしまうと半永久的に流れ出る
- 銅、ヒ素、カドミウム、硫酸、シアン化合物などが「血の湖」には混じっている
- ジャマナ村は環境破壊のシンボルの一つになった
30年以上も前に死んだ独裁者の政策と現代の環境破壊がつながっています。
鉱毒は鉱脈が尽きるまで流れつづけるため、日本のような豊かな国であれば閉山して永遠に封じ込めをつづけるという作業が、環境を維持する方法としては有効です。
鉱山を開発すれば必ずリスクが生まれます。
3万ドルほどの個人GDPをもつ現在のルーマニア人はそれなりに豊かなのです。
現在ではルーマニアで環境破壊を起こしてしまう鉱山開発への賛同は得られにくい状況と言えます。
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