インドは多くの宗教を生み出してきた地域です。
我々に身近な仏教はもちろん、現在のインドを代表する宗教であるヒンドゥー教などが有名です。
しかし日本では有名ではないインドの宗教もあります。
インドの人口の0.4%が信仰しているジャイナ教です。
今回は日本人になじみの少ないジャイナ教についてご紹介していきます。
目次
ジャイナ教とは?
ジャイナ教の開祖:マハーヴィーラ
ジャイナ教の誕生は紀元前5世紀~紀元前4世紀とされています。
ほとんど仏教と同じ時期に誕生した宗教であり、その開祖であるマハーヴィーラ(ヴァルダマーナ)は仏教の開祖として有名な釈迦より十数才若かったと伝わっています。
古代のインドで強い勢力を持っていた宗教はバラモン教でしたが、このバラモン教の教えに対して否定的だったのがマハーヴィーラや釈迦たちです。
彼らはバラモン教に息づく古代インドの思想を継承しつつも、それぞれに新しい宗教を作り上げたのです。
マハーヴィーラが作り上げたのがジャイナ教になります。
マハーヴィーラは豪族の息子として豊かな暮らしをしていましたが、30才になった頃に兄に財産を譲り渡して修行の旅に出かけます。
そして12年の修行の果てに悟りを開き、全知全能の「勝者/ジャイナ」となったとされます。
ジャイナ教という語源は「勝者」という意味であり、ジャイナはジャイナ教では「救世主」という意味合いがあり、マハーヴィーラは「最後のジャイナ/最後の救世主」とされています。
ジャイナ教の世界観においては、時間はネガティブとポジティブの二つに分かれていて、それぞれの時間の各場所に「救世主/宗教的な指導者」が現れて世の中を導きます。
ジャイナ教は釈迦の仏教と同じく、カースト制の否定、バラモンによる儀式の独占の否定するスタイルの宗教であり、当時のインドでは大きな人気を得た新興宗教(もちろん紀元前5~4世紀当時の)です。
ジャイナ教が歓迎されたのはマハーヴィーラが豪族の息子であり、母親は王族の血筋であったために、王族たちに布教活動をサポートされたからになります。
マハーヴィーラはジャイナ教を作り上げた後、基本的に全裸のまま布教活動を行いジャイナ教を広めていき、72才のときに断食を続けて死亡しています。
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ジャイナ教の教義と戒律
ジャイナ教の崇拝の対象はマハーヴィーラを含む、24人の祖師(教えを作るためにいた人々、仏教でいう仏のようなもの)です。
中心的な教義は「正しい信仰/戒律の遵守」と「正しい知識/決めつけない考え方をすることなど」と「正しい行い/理論だけでなく実践することが正しい」の三つになります。
さらにジャイナ教の僧侶であれば、以下の五つの戒律の全てを守る必要があるのです。
- 生き物を傷つけたり殺したりはならない(不殺生/アヒンサー)。
- 盗みを働いてはいけない。
- 嘘をついてはいけない。
- あらゆる性行為をしてはならない。
- 所有してはならない。
じつはジャイナ教と釈迦が行っていた古代の仏教では、多くの教義が共通しています。
具体的には上記の1~4までに関しては全く同じなのです。
どちらもバラモン教への反発から生まれた同時期の宗教だったからになります。
5番目の戒律は古代の仏教では飲酒の禁止になりますが、ジャイナ教はそれよりも厳しく、あらゆるものの所有そのものを禁じています。
なおジャイナ教も仏教も世界の真理(あらゆることを解き明かせる究極の知恵)を得るための宗教であることに違いはありません。※それらの源流でありライバルであったバラモン教も同じことです。
インドの宗教は世界の真理を知ること、いわゆる「悟り」を開き、この世界の苦しみの全てから解放されることを目的としています。
ただし、ジャイナ教の特徴としては真理を言葉で断定することはなく、「真理とは多様に言い表せるものだ」としています。
ジャイナ教の根本的な考え方として、「断定を避けて相対的に考える」というものがあります。
「私の近所の土はクリーム色だから、土とはクリーム色である」という考え方ではなく、「私の近所においては土はクリーム色である」という、ある意味では精密な考え方を推奨しています。
多様なものの考え方をする自由で理性的な宗教と言えます。
合理的・科学的な発想でもあります。
ただし、その反面で最も難しいテーマの答えを出すことを避けている考え方とも言えるものです。
ジャイナ教の不殺生(アヒンサー)
ジャイナ教の五つの戒律のなかで最も重要視されているものが、不殺生(アヒンサー)です。
ジャイナ教の不殺生/アヒンサーとは、「あらゆる生物を傷つけることも殺すことも禁止する」ことを指します。
命を奪うことを禁じる宗教は多くありますが、ジャイナ教のアヒンサーはその範囲はとても広大です。
牛や豚などの家畜はもちろんのこと、虫の一匹から果ては細菌などの微生物にさえも、アヒンサーは適応されています。
つまりあらゆる生物を傷つけることも、殺すことも許されてはいないのです。
ジャイナ教ではアヒンサーを守るために、ほうきで道を掃いたり、自分が座る場所を掃くように心がけています。
ほうきで掃くことで、そこにいる小さな虫たちを潰さずに道を歩けたり、その場に座ることができるからです。
また水中の生物を殺さないようにするため、水は布でこして生物を取りのぞいて放し、水と一緒に飲まないようにしています。
現代の話ではないのですが、二世紀前に外国の人物に水のなかに細菌がいることを顕微鏡で見せられて知ったジャイナ教徒は、それらを飲み込んで殺してしまうぐらいなら、死を選ぶと言い、水を飲むことを止めて死ぬまで断食を続けたというエピソードがあります。
ジャイナ教においては、どんな生物であったとしても殺すことも傷つけることもタブーとなっているのです。
最良のアヒンサーとは断食であり、開祖と同じように断食し続けて「餓死することが最良の死に方」ともされています。
実際にインドでは現代でも断食の修行の果てに死亡しているジャイナ教の修行者がいます。
修行による死をインドの司法制度は「自殺」と認定していますが、ジャイナ教徒は「そうではない」と否定しています。
あくまでも「無所有」の状態を目指す修行に含まれていると主張しているわけです。
仏教においてもアヒンサーはありますが、極端な苦行を否定しているため、アヒンサーでの餓死を推奨はしていません。
なおジャイナ教でのアヒンサーは「相手を肉体的に傷つける行為」を指すだけではなく、「相手を傷つける言葉を吐くこと」、「相手を傷つける考え方をすること」も禁じています。
仏教では獣や毒蛇などの有害な生物の攻撃に対しては抵抗することも許されていますが、ジャイナ教では抵抗して傷つけることも許されません。
ジャイナ教のアヒンサーの非暴力的な思想は徹底されており、究極の平和主義と表現することもできる考え方になります。
ジャイナ教の服装:マスクと白装束と裸?
ジャイナ教の僧侶にはマスクと白装束を身につける宗派があります。
「白衣派(はくいは)」と呼ばれる宗派であり、マスクはジャイナ教のアヒンサー(不殺生)の教えを象徴するアイテムです。
マスクをつけることで、目に見えない小さな虫などを吸い込んで殺してしまうことを防ぐために使っています。
白装束については、「所有してはならない」という戒律があったとしても、それぐらいを着ることは許されるだろうという考えによる、「最低限の服」になります。
「裸行派(らこうは)」という宗派においては、そもそも服を着ることさえ許されず、文字通り全裸での行動が推奨されます。
開祖であるマハーヴィーラは全裸で布教活動をして、最終的に断食で餓死したという人物です。そのため、オリジナルに近い服装(?)としては全裸である裸行派と言えます。
裸行派では裸行を行えない女性の僧侶を禁じていますが、白衣派では女性の僧侶もいます。
裸行は「何も所有してはならない」という戒律を体現したものであり、最終的には断食の果てに自分の肉体への執着も捨てて餓死することも、その戒律の理想像になります。
ジャイナ教と古代の仏教の比較
ジャイナ教と古代の仏教は生まれた時代も近く、どちらもバラモン教への反発という点で似通っています。
以下、両者の共通点です。
- バラモン教への反発一式(カースト制の否定、バラモン教の経典を否定、バラモン階級が祭儀を独占することを否定)。
- 四つの戒律。
- 真理を尊ぶ(インド宗教全体的な特徴)。
- インドの古代神話や哲学を継承している。
- 開祖の実家が金持ちであり、どちらも人生を苦と考え30才で家出をしている。
- 開祖が全裸で活動している期間があった。
逆にジャイナ教と仏教の異なっているところは下記の通りです。
- 仏教では苦行を否定、ジャイナ教は苦行を肯定。
- アヒンサーのルールの徹底ぶりを含めて、ジャイナ教のほうが戒律が厳しい。
- 5つ目の戒律が異なる。
- ジャイナ教は最終的に断食の修行をして僧侶に餓死することを課しているが、仏教はその行為を推奨しない。
ジャイナ教の食事
ジャイナ教では何を食べてはいけないのか?
アヒンサーがあるため肉は全て禁止されています。
また芋や根菜なども禁止されています。収穫時に土を掘ることにより、土の中にいる虫を傷つけることも考えられるからです。
宗派や地域によるルールの違い、また僧侶かそうでないかにもよりますが、厳格なジャイナ教徒であるほど多くの野菜が禁止されていきます。
また厳格なジャイナ教徒になると、ハチミツを食べることもしません。
ハチミツの採取するためには蜂とその巣を傷つけることが必要なため、アヒンサーに反する行為になるからです。
ジャイナ教で食べてもいい料理
ジャイナ教徒は「菜食主義」になります。
野菜を始め植物しか食べられません。
根菜(植物の地下の部分)以外は食べても良いため、葉物野菜や茎や枝の部分を使った料理となります。
なお、根菜も一定期間乾燥させたものであれば、食べたり料理に使っていい場合もあります。例えば、カレーに使われるターメリック(ウコン)などです。
極力、アヒンサーを遵守した料理を作ることが推奨されているわけです。
ジャイナ教徒は金持ち?
じつはジャイナ教徒には裕福な人物が多いのです。
虫を殺すことがある農業は厳禁であり、屋外での労働は虫を踏みつぶしてしまう危険が伴うために勧められていません。
ジャイナ教徒がアヒンサーを守りながら行える仕事は、宝石などの小売業や金融業などです。
それらの職業をジャイナ教徒の一族が結託して独占するように行っていったため、ジャイナ教とには資産家が多く誕生する結果となったわけです。
ジャイナ教徒はインドの人口の0.4%ほどですが、インドの税金の50%を払っています。
インドの経済的な富はジャイナ教徒の人々が支配しているのが現実です。
ジャイナ教徒の有名人
アジット・ジェイン(Ajit Jain)
アジット・ジェインはインドのオリッサ州出身で、インド工科大学カラグプル校卒業し、ハーバード大学でMBA取得後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社しました。
マッキンゼーを退職後はバークシャー・ハサウェイに入社し、現在は同社の保険業務担当副会長です。
バークシャー・ハサウェイは、世界三大投資家の一人であるウォーレン・バフェットがCEOを務めています。アジット・ジェインがバフェットの次にCEOになるとも言われています。
アンシュー・ジェイン(Anshu Jain)
インド・ラジャスタン州ジャイプル出身、デリー大学卒業後マサチューセッツ大学でMBAを取得しています。
UBS、メリルリンチと渡り歩き、ドイツ銀行にジョインしました。最終的にドイツ銀行前共同最高経営責任者に就任。ちなみに前述のアジット・ジェインの従兄弟(いとこ)にあたります。
ジャイナ教徒には「ジェイン(Jain)」という名字が多いのも特徴です。
ジャイナ教徒の一族同士の婚姻の件数も多く、ジャイナ教徒のコミュニティーは経済的にも血縁的にも結束の強い集団となります。
まとめ
- ジャイナ教は戒律が厳しい
- 開祖マハーヴィーラは全裸で布教し断食で死んだ
- ジャイナ教のアヒンサーは徹底的な非暴力
- 食べていいのは根菜以外の植物
- 白衣派と裸行派の二宗派に大別される
- ジャイナ教の著名人は金持ちが多い
ジャイナ教はとても平和的な宗教であると同時に、インドの宗教のなかでも最も戒律が厳しい宗教でもあります。
その結果としてインドの主要宗教になることはなく、インド以外の地域に広まることもありませんでした。
宗教はライバルよりも戒律が厳しくなく、分かりやすいものであるほど好まれます。
ジャイナ教の厳しいアヒンサーは布教のしやすいものではありませんでしたが、教徒同士の婚姻がインドの経済界を掌握するコミュニティーの結成と独占に役立ちました。
インドの金持ちの宗教がジャイナ教です。
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