『オデュッセイア』、『イーリアス』と並び、世界三大叙事詩の一つに数えられる『マハーバーラタ』は、とても長大な物語になります。
世界三大叙事詩の一つですが、じつは、インドにおいては『ラーマーヤナ』と並んで、インド二大叙事詩ともされているのです。
マハーバーラタは、ただの物語というだけではなく、ヒンドゥー教においては経典の役割も果たしています。
今回は、そんなヒンドゥー教の重要経典の一つでもある物語、マハーバーラタについてご紹介していきます。
マハーバーラタの概要
マハーバーラタは紀元前4世紀~4世紀のあいだに成立
マハーバーラタはおよそ聖書の4倍ほどの長さがあるという、膨大な物語群になります。
その成立は紀元前4世紀~(紀元後)4世紀のあいだとされているのです。
古代インドの神話や哲学を繁栄する物語で編纂されており、ヒンドゥー教の聖典の一つともされるのがマハーバーラタになります。
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マハーバーラタという物語が持つ方向性
マハーバーラタの本筋は、バーラタ王家の王位継承にまつわる物語になります。
無数の登場人物の多種多様なエピソードが描かれており、王位継承物語以外では、登場人物たちを諭すために教訓めいた物語を語り聞かせるという形で、別系統の物語も取り入れる形式です。
ヒンドゥー教の世界観により描かれているため、基本的にカースト階級などを運命論的に保証するようなストーリーであるのも特徴になります。
バラモン階級が常に正しく、クシャトリヤという王族や軍人の階級は敵です。
ヒンドゥー教の神々は、おおよそ常に正しい行動を取り、悪人とは分かりやすい悪人および、運命とバラモン階級に背いた存在のことになります。
つまり、ヒンドゥー教における価値観を、ドラマ性のある物語を使って描いているものになるのです。
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マハーバーラタはインドで人気の物語
日本人にはあまり耳慣れない存在であるマハーバーラタですが、インドでは絶大な人気を誇る物語になります。
何度も映画化されたりするほど、このマハーバーラタの人気は高いものなのです。
多神教であり人気が全てのヒンドゥー教においては、ヒンドゥー教的な世界観を表す物語は経典として重要視されることになります。
マハーバーラタのあらすじ
マハーバーラタのスタートは宇宙の創造から始まる
インド神話の世界観を踏襲するマハーバーラタは、宇宙の創造から物語がスタートします。
そして、古代のインドにはバーラタ族という人々がいて、そのバーラタ族の人々の王国があったのです。
マハーバーラタは、その王国と周辺の国々における物語になります。
バーラタ族の盲目王
バーラタ族の王は盲目の王ドリタラーシュトラであり、この人物の王位継承権を巡り、五王子と呼ばれる五人の王子と、百王子と呼ばれる百人の王子たちの争いがマハーバーラタの主要なテーマになります。
盲目王の実子は百王子たちになりますが、本来の王は盲目に生まれた自分ではなく、盲目王の弟であったのです。
盲目王の弟は、鹿に化けていた聖仙の夫婦を、弓で射殺してしまい、聖仙から子供が出来ない呪いをかけられてしまいます。
世継ぎが出来ないと考え、弟は隠居し、盲目であった兄に王座を譲ったのです。
隠居生活にあった弟と、その二人の妻たちですが、彼女たちは神々の子を宿すという秘術を使うことで五人の王子を出産します。
その神々の子供でもある五人の王子こそが、マハーバーラタの主人公とも呼べる存在になります。
成長した五王子はバーラタ族の王位を求める
成長した五王子たちはバーラタ族の王位を求め、盲目王のもとへと向かいます。
盲目王はその五王子たちを、自分の息子として育てることになるのです。
盲目王と敬虔な神々の信者である王妃とのあいだには、神々の祝福により百人の子供たちがいましたが、百王子たちの長兄であるドゥルヨーダナはそれが気に食わないのです。
自分の王位を奪う存在になるだろうと考え、五王子たちを有能な自分の部下カルナと一緒にいじめるようになります。
五王子とドゥルヨーダナの確執
五王子たちは、ドゥルヨーダナにサイコロ賭博に負けて、妻も領土も自分たちの自由も奪われてしまいます。
しかし、盲目王の裁定でその勝負は一度はなかったことになりますが、ドゥルヨーダナは「13年間森に隠れ住んだら王国を返す」という条件をつけたのです。
五王子たちはその約束を守り、あちこちの聖地を巡りながら、色々な知恵や力を得ていき、やがて13年間が経過します。
五王子と百王子たちの戦争
13年間の約束が過ぎた後で、かつてのサイコロ賭博で奪われた領土の返還を五王子は要求しますが、ドゥルヨーダナは拒否します。
そして、領土と王位を巡って争いが勃発することになるのです。
五王子側と百王子側には、それぞれ支援する国が分かれてつき、大きな戦となります。
五王子側は劣勢でありましたが、数々の卑劣な策略を用いることで百王子側を倒していったのです。
意外なことですが、そういった戦術を教えたのはヒンドゥー教の最高神であるヴィシュヌの生まれ変わりである、クリシュナという五王子たちの従兄弟なのです。
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五王子たちの勝利に終わる
戦争は五王子たちの勝利に終わりましたが、五王子たちに卑怯な戦術を用いて父親を殺された武人の逆襲に遭い、五王子たちの子供たちは全滅します。
五王子たちの大切な人々の大半も、この戦いで死亡したのです。
百王子たちを皆殺しにして勝者となった五王子たちは、盲目王のもとにクリシュナと共に凱旋します。
実子の全員を殺された盲目王でしたが、五王子たちのことを自分の子供として迎え入れることにしたのです。
盲目王に忠実な妃も、五王子たちのことを迎え入れることを認めます。
しかし、妃は自分たちの一族同士が殺し合うことになるのを止めることがなかったクリシュナを呪ったのです。
「いつかお前たちも身内に殺されるのです」と呪い、その呪いは実現することになります。
王位継承後の末路
五王子の長兄が王になり、盲目王とその妃、そして五王子たちの母は、隠居して修行者となり山にこもりますが、山火事が起きて三人とも焼け死にます。
クリシュナは妃の呪いを避けるために、一族と一緒に聖地を巡るような旅をしていましたが、酒宴の果てに一族同士で殺し合いとなってしまい、クリシュナの一族も滅びます。
クリシュナは生き延びていて、聖者である自分の兄と同じように瞑想の果てに体から魂を切り離し、この世を去ろうとしますが、狩人の矢に射られて森で死んでしまったのです。
五王子はその知らせを聞き、悲しみます。
そして五王子は王位を次世代に継承すると、聖地であるヒマラヤを目指して最後の旅に出たのです。
聖地ヒマラヤでの最後の試練
その旅は過酷なもので、五王子たちの長兄以外は皆、死んでしまいました。
長兄はただひたすら山を登り続けましたが、やがて死後の世界にたどり着きます。
神々の世界にあるガンジス川(仏教的には三途の川)を超えた先には、誰の存在も待っていてはくれなかったのです。
自分以外の五王子や仲間たちの全員が、地獄に落ちたのだと長兄は考えたのです。
そんな長兄の前に、英雄神インドラが姿を現したのです。
長兄はインドラに告げます。
「皆が待っている地獄に自分も行くのだ、地獄に落としてくれ」
そう告げたのです。
次の瞬間、インドラは術を解き、長兄に兄弟たちと家族、そして、かつての敵であった百王子たちがいる楽園の姿を見せます。
インドラたち神々は、長兄に最後の試練を与えていたのです。
その試練に打ち勝った長兄は、兄弟たちやかつての敵たちと、確執や恨みから解き離れた感情のまま、生の苦しみから解き放たれた状態となり、永遠を穏やかに過ごすことになったのです。
こうしてマハーバーラタの物語は終わりを迎えます。
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マハーバーラタの登場人物
マハーバーラタの五王子
- 長兄ユディシュティラ:王となる人物で、正義と法の神ダルマの息子。
- 次男ピーマ:暴れん坊、風神ヴァーユの息子。
- アルジュナ:主人公的な人物、最強の戦士の一人であり、雷神インドラの息子。葛藤するタイプの人物。
- ナクラとサハーディヴァ:双子の四男五男、財務と行政担当、医術の神アシュヴィン双神の息子。
マハーバーラタの百王子側
いわゆる悪役になる人々ですが、一概に悪とも断じがたい面も多々有ります。
- ドゥルヨーダナ:百兄弟の長男で、現実的な判断をする典型的な英雄物語に出て来そうなタイプの悪人。棒術の達人、敗戦後アシュヴァッターマンの活躍を見て満足げに死亡。
- カルナ:実は五兄弟の兄だが、母に捨てられて別の両親のもとで育てられている。低い身分だったが、ドゥルヨーダナに実力を評価されて出世する。太陽神の子であり不死身。
- ドローナ:五王子と百王子、そしてカルナの共通の武術の師匠であり、戦の際は五王子の敵となり、五王子側に謀殺される。五王子を使い、王国を建てたこともある。
- アシュヴァッターマン:ドローナの息子で、父親が卑怯な手で殺されたことを知ると五王子の陣営に乗り込み、五王子の大半の仲間を殺す、「破壊神シヴァの化身」。
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マハーバーラタに出る神々および化身
- クリシュナ:「維持神ヴィシュヌの化身」であり、五王子たちの従兄弟、王族・戦士階級を滅ぼし、司祭階級バラモンの権威を確立するのが使命。また悪霊や魔物も退治する。
卑怯な戦術を五王子に与えたり、王族が滅びることを使命としているためか、王子たちが親族同士で殺し合う姿を喜ぶ姿も見られる。
(※ヒンドゥー教の神話体系では、バラモン階級が絶対視されているため、バラモン階級の敵である王族は死ぬことが「よいこと」という価値観になっているためです。)
- ドラウバティー:「五王子全員の共通の妻」、ヴィシュヌ同様に王族階級を滅ぼす役目を持って生まれたラクシュミー(ヴィシュヌの妻)の化身。
- インドラ:英雄神および雷の神、不死身に近かったカルナの力を弱めたり、色々と五王子に便宜をはかってくれる立場。
マハーバーラタの個性的な王族
- 盲目王ドリタラーシュトラ:百王子たちの父親で生まれもっての盲目、優柔不断であり、甥にあたる五王子を養育し、結果的には、自分の子供たちを彼らに全員殺されるが、恨みを抱くことはなかった。
- 王妃ガーンダーリー:百王子の母、信心深いため、神々から百人の子だくさんに恵まれるという祝福を得ている。盲目の夫を軽んじないために、自らも黒い布で目元を隠している夫想いな人物。
甥っ子である五王子に子供の全員を殺されるも、運命を受け入れる。しかし、その争いを止めなかったクリシュナに呪いじみた予言を遺し、クリシュナはその予言の通りに一族ともに滅びる。
- ピーシュマ:盲目王の伯父にあたる人物であり、川の女神ガンガーと先代王のあいだに生まれた男、五王子と百王子の大伯父(祖父の兄)になる。
父王の再婚のために、王になることを拒んで出家した人物。誰からも尊敬を受けていた人物であったが、最後の戦では百王子の側について、五王子側に殺される。
- パーンドゥ:五王子の父親という立場であり、盲目王の弟。しかし、五王子は母親たちが秘術で神々の子を産んでいる。聖仙夫婦の化けた鹿を射殺したせいで、妻と性交すると死ぬ呪いを受けた。
- クンティー:パーンドゥの妃の一人であり、五王子の母親。秘術で神々の子を妊娠する。カルナは嫁ぐ前の子であり、秘術で妊娠していたが捨て子にした。
マハーバーラタにあるバガヴァッド・ギータ
マハーバーラタには、バガヴァッド・ギータという聖典が含まれています。
バガヴァッド・ギータは、ヒンドゥー教の哲学が描かれているものになり、五王子の三男アルジュナと、ヴィシュヌの生まれ変わりであるクリシュナの対話で描かれたものです。
これから親族同士の戦に向かうアルジュナの問いや迷いに、クリシュナがヒンドゥー教として正しい考え方を教えていく形になります。
ダルマという宇宙の法や正義や秩序などについて、また解脱のために必要なヨーガとは何なのか、神々への帰依の尊さ、世界の本質は精神と物質であるという二元論を説いたものです。
まとめ
- マハーバーラタはラーマーヤナと並ぶインドの二大哲学の一つ
- マハーバーラタはバーラタ王族の物語で、無数の物語で構成
- 主要なテーマは王位争奪戦争
- 悪役たちの設定も深い
- マハーバーラタの中にはバガヴァッド・ギータという重要な聖典が含まれる
ヒンドゥー教の主要な聖典でもあり、巨大な叙事詩であるマハーバーラタは、複雑な人間関係を持ったドラマになります。
ヒンドゥー教のルールであるカースト制を考えなければ、読み方次第では五王子以外の人物たちにも感情移入することが可能となるものです。
今回、ご紹介しきれなかった無数のエピソードも、マハーバーラタには存在しています。
興味がわかれた方は、原本の読破に挑戦してみることをおすすめいたします。
[…] ハヌマーンとは?『ラーマーヤナ』での活躍や孫悟空との関係など解説 マハーバーラタとは?インド二大叙事詩の一つを解説 […]
日本語で書かれているマハーバーラタ紹介文で一番読みやすかったです。
他の記事も読ませていただきます。
原本の読破はとてつもなく困難だろうけど、挑戦してみたいなと思いました。