マニ教という宗教は、かつて世界宗教の一つに数えられるほどに幅広い土地で信仰されていた宗教です。
しかし、現在はほぼその教えは潰えていると考えられています。
中国に一軒だけマニ教の寺院が残っているほかは、今のところ例外なく教えは途絶えてしまっているようなのです。
かつて世界宗教の一角だったマニ教はどんな宗教なのか。
他宗教との関係はどうだったのか。
マニ教における宇宙観とはどういうものだったのか。
今回は、そんな謎の多い宗教、マニ教をご紹介していきます。
マニ教とは、そもそもどんな宗教なのか?
複数の宗教の形質を受け継ぐ宗教
マニ教はユダヤ教徒の家庭に生まれた、マニという人物を開祖に持つ宗教になります。
この宗教は、実に雑多な宗教や文化から、さまざな要素を受け継いだ宗教でした。
具体的には、ユダヤ教、キリスト教、ゾロアスター教、グノーシス主義、イランの土着宗教や、ローマ帝国の太陽崇拝・ミトラ教、さらには仏教や道教などの東方の宗教までも影響を受けて、取り入れています。
地中海から中東、インドに中国までといった地域から、さまざまな宗教のエッセンスを取り入れている宗教なのです。
なんともミックスの度合いが強くて、それだけに広範囲の土地で信仰される要素は、十分にありそうな宗教ですよね。
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マニ教とゾロアスター教との関係
二元論を継承している。
マニ教の教義は、ゾロアスター教の世界観を一部、踏襲しています。
ゾロアスター教は善と悪の、二元論をテーマとした宗教であり、光と闇というような聖なるものと邪悪な存在の対立関係があるということが特徴なのは有名ですね。
そして、マニ教においても、その光と闇の二元論は受け継がれて、宇宙観の基礎になっているのです。
マニ教においては、多くの価値観が二元論のもとに整理されます。
善と悪、光と闇、精神と物質。
対照的な存在と言えるそれらの概念を、相反する二極の概念として捕らえることが、マニ教の特徴なのです。
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マニ教の教義とは?
ゾロアスター教とグノーシス主義と仏教が混じり合う
さまざまな価値観を二元論のもとに統合しようとしているマニ教ですが、具体的な構成を挙げることも可能です。
マニはユダヤ教徒の息子で、ユダヤ教の「一神教」という概念を持っていました。
しかし、神さまが一人いるだけでは、どうして邪悪なことや不幸が世界に蔓延しているのでしょうか?
神さまが善なるだけの存在ならば、悪の由来はどこから来ているのでしょう?
そういう疑問に答えたのがグノーシス主義の考え方でした。
我々が生きている「物質」があふれる宇宙は、そもそも神さまが創造したものではなく、サタン(悪)や「不完全な神の代理人」が創造したものだから、悪や不備が存在している。
そういった考えを、一神教では導くことが出来ない疑問への答えとして用意しました。
マニ教においても、その考えは受け継がれています。
マニ教では、物質や肉体とは「悪」であり、「善」なるものとはそれらと対極にある霊的なモノ、「魂」などに限られるという世界観です。
そして、後述しますが、それらの由来も定義しているのです。
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マニ教は禁欲的&仏教的?
さて、物質や肉体を「悪」と見做したところから、マニ教はそれらへの嫌悪を強く持っている宗教です。
つまり、仏教のように禁欲的な宗教でした。
肉体は不浄なものであり、「悪」が作ったこの世界そのものに否定的な価値観を持っています。
仏教などの最終目標は、宇宙や世界で何度も生まれ変わる輪廻という仕組みから解脱すること。
世俗を否定し、肉体や世界に存在しつづけることにネガティブな意見を持っている点では、マニ教は仏教的な要素も持っていることになります。
マニ教の創世神話とは?
世界は「悪」によって作られている
マニ教の世界創世の神話は、光と闇の戦いによって始まります。
光の王とその后みたいな女王がいるのですが、この女王みたいな存在は、わりとあっさりと悪に負けて取り込まれてしまいました。
いきなり正義側が、そこそこ手痛く敗北するという始まりですが、負けっ放しでもありません。
光の勢力によって倒された悪魔もいました。
そして、その悪魔たちの死体から「現実の世界」が生まれます。
悪魔から剥ぎ取られた皮によって、十の「天」が作られて、骨は「山」となり、排泄物や体は「大地」となりました。
つまり、私たちの世界は、マニ教からいえば悪魔の死骸で創られているようです。
悪の存在アルコーンから光を取り戻す!?
男女のアルコーンという「悪」のボス格がいましたが、それらに「光/善」の総大将は美男美女をあてがい、色仕掛けめいた攻撃を仕掛けます。
男のアルコーンは美女を見て射精し、取り込んでいた「光」をそうやって排出させました。
精液の一部が怪物になりましたが、それを「光」の戦士が倒し、残りは「植物」となり、地上に広がりました。
女のアルコーンは美男に妊娠させられましたが、地獄で流産し、五つの種類の動物たちを生むことになります。人間以外の動物は、女のアルコーンの子というわけです。
大悪魔がアダムとイブを作る!?
「悪/闇」側は、「光」側に光の元素を取り戻されぬように抗います。
悪魔たちは合体して、男と女の大悪魔となり、「光」を物質で作った「肉体」へと封じこめた存在、アダムとイブを作りました。
イブはアルコーンとのあいだにカインとアベルを生み、アダムはそれに嫉妬して、イブとのあいだにカインとアベルの弟であるセトを生ませたとされています。
端的に言うと、この創世の神話のせいで、ヒトって「悪」の「肉体」を持っているので、繁殖して増えることは「悪」を広める行為である……という考えになるのです。
キリスト教などの生めや増やせやとは、かなり真逆ですよね。
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教典が簡易なおかげ?マニ教の広まり
世界宗教への道
マニは教えを広めるために、大胆な作戦を行います。
教えが広まった土地でのローカライズを認めました。
仏教がある土地では、仏教っぽく振る舞ってもいいし、キリスト教がある地域ではキリスト教っぽい要素で布教していいよ、という作戦です。
マニはヘレニズム文化の町バビロニア出身であり、数多の文化や多様な民族の共存に理解があったからだとされています。
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教典は教祖マニが書いた
マニは自分の手で教典を書いています。
キリスト教や仏教は、開祖がそんなものを遺さず、弟子が後から編集して聖書とか、お経を作ったことに比べると、真逆ですね。
たくさんの教典を遺したマニですが、残念なことにその多くが現在では失われてしまっています。
マニはこの教典を、当時の中東世界の共通語であるアラム語を用いて書きました。
よりたくさんの人に読んでもらいたいという、マニの戦略だったようです。
さらには、マニは自分の書いた教典を、多くの言語に翻訳させました。
そのときも工夫を忘れません。
翻訳するときには、それぞれのターゲットとなる土地や文化の価値観や慣習に合わせてローカライズすることも認めました。
教義を精確に伝えることよりも、何となくでいいから理解しやすくして伝えていいという方針です。
世界に広まっていったのは、こういうマニの努力が大きかったのかもしませんね。
マニ教の宇宙図
どういう宇宙観だったのか?
マニ教の宇宙観では、世界は十層からなる天と、八層の地上で構成されています。
十八層の世界から切り離されている最上段にあるのは楽園、いわゆる天国です。
その下にある右側の円は太陽で、左側の円は月を現しています。
天の十層には、天使、悪魔、黄道十二宮などがあり、地の八層には人間が住んでいる世界が、キノコ型の山である「メル山」として描かれています。
地の八層の下にあるのは、地獄です。
基本的に悪魔の死骸から出来ていますし、人間も悪魔の子孫みたいなものですが、その魂には「光」が受け継がれているので、穢れた肉体から解き放たれると、中身である魂の救いはあるのだ……というような価値観です。
宇宙図を人の肉体に見立てていた?
宇宙図は、「天」の世界である十の世界を肋骨、「地上」の人が住む場所を骨盤として見立てているような配置となります。
人の肉体を宇宙と照らし合わせることで、宇宙/世界/現世という存在を、人の肉体と同じ「悪」の属性であることも現しているようです。
とにかく、人だろうが世界だろうが、物質は「悪」であるというのが、マニ教の考えであり、この「悪」から解放された魂こそが「善」なわけになります。
人は「悪」なわけですが、その魂は「善」も含まれていますからね。
「悪」を捨てられれば、より高位かつ尊い「善/楽園」側に近づける……そういう構図のようです。
まとめ
- マニ教はたくさんの宗教の要素を含んでいる。
- マニ教の教義は、二元論的であり、ゾロアスター教の影響も見られる。
- 肉体や物質は「悪」で、精神や魂や霊的なものは「善」である。
- マニ教の布教には、教義の厳密さよりも、伝えやすさを重視した。
- マニ教の宇宙図はマニ教らしい構図で描かれている。
謎の世界宗教、マニ教。
ユダヤ教を始めさまざまな宗教や思想がミックスされたデザインを持つ宗教で、良く言えば寛容、悪く言えば雑です。
この雑さが祟って、マニ教は最終的に他の宗教に吸収されたり、力をつけてきた他の有力宗教などに迫害を受けたりして、だんだんと潰えていきました。
何でも取り込むからこそ、アイデンティティーには欠く構成の宗教であったのかもしれません。
しかし、古代世界に、無数の宗教の概念を一つにまとめ上げようという考えがあったことは、驚きに値しますね。
いつか、現代社会にもそういう構成の新興宗教が誕生して、世界宗教にまで成長したりする日もあるのかもしれません。
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